2025年4月30日水曜日

根津美術館「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」2

 

 最初に掲げたのは、この財団設立85周年記念特別展のチラシから引いたアドです。そうなんです――天下の名画が3つ一緒に鑑賞できちゃうんです!! 「1粒で2度おいしい」というのはグリコアーモンドキャラメルのキャッチコピーでしたが、1回で3度おいしいのが本展です() いま僕はNHK文化センター青山教室で開いている「魅惑の日本美術展 最強ベスト6!!」の第1回に選び、先日その魅力をしゃべったところです。

「僕の一点」は鈴木其一の「夏秋渓流図屏風」ですね。この屏風が重要文化財に指定されて間もなく、これを記念する特別展が根津美術館で開催されたので、「饒舌館長ブログ」でも紹介したように思います。この傑作のもとになったのは、尾形光琳の「檜図屏風」でしたが、ゲンブツは所在不明でした。ところがついに世に現われたんです。

講師
東京大学名誉教授・出光美術館理事 河野 元昭

日本は美の国です。美術のまほろばです。絵画彫刻工芸のシャングリラです。だからこそ、素晴らしい美術展がたくさん開かれ、老若男女を問わず多くの人々に感動を与えて止むことがないのです。それは文字情報とは異なる真の教養を高め、明日を生きるためのエネルギーを心に注ぎ……
教室名青山教室
残 席あります
開催期間2025/04/16~2025/09/17
曜日・日時第3水曜 10:30~12:00
回数6回
途中受講できます

 


2025年4月29日火曜日

根津美術館「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図」1

 

根津美術館「国宝・燕子花図と藤花図、夏秋渓流図――光琳・応挙・其一をめぐる3章」<511日まで> 

現在、根津美術館が所蔵する国宝・重要文化財あわせて100件のうち、日本近世の絵画は3件のみ。尾形光琳の国宝「燕子花図屏風」と、円山応挙「藤花図屏風」、鈴木其一「夏秋渓流図屏風」の2点の重要文化財です。数は少ないながら、いずれも61双の金屏風であり、全コレクションにおいて、文字どおり輝きを放っています。同時に、これらの屏風は、制作された時代や場所を違えながら、相互に画風的なつながりも有しています。ともに無背景の総金地に草花や花木を描く光琳と応挙。また其一の作品は、律動的なモチーフの配置の点で光琳の、写実性を備えた描写の点で応挙の影響が見て取れます。本展は、こうした3件の屏風を中心に据えた3章構成とし、各々の真価を際立たせる、あるいはその魅力をさらに高める作品ととりあわせて、ご堪能いただきます。

2025年4月28日月曜日

芸術書出版アートワークス

 先日、高橋ご夫妻が立ち上げた「アートワークス」から出版されたクリス&クルツ『芸術家伝説 歴史学的研究の試み』と、レンスラー・W・リー『ウト・ピクトィラ・ポエシス 詩は絵のごとく/絵は詩のごとく 人文主義絵画理論』を推薦させていただきました。両者とも名著中の名著、改めてお勧めいたしたいと存じます。

現在、アートワークスはX(ツイッター)とフェイスブックをとおしてアクセスするようになっています。情報を得たい方、注文をしたい方は、「芸術書出版アートワークス」で検索をかけてください。Xとフェイスブックの両方がヒットしますから、馴染みのある方でアクセスしていただけますでしょうか。

 両者とも馴染みのない方は、「饒舌館長ブログ」のコメント欄を使っていただいても結構です。饒舌館長が責任をもってアートワークスへ転送しましょう。もう一度繰り返します。アートワークスという会社はほかにもあるようなので、検索するときは必ず「芸術書出版アートワークス」です!! 

出光美術館(門司)「肉筆浮世絵」5

 


 大好きな葛飾北斎はとくに2点を選んでしゃべりました。「春秋二美人図」と「鍾馗騎獅図」です。前者の背景を見ると、僕は兼好法師『徒然草』の有名な一節「花は盛りに月は隈なきをのみ見るものかは」を思い出さずにはいられません。しかし美人は盛りを、隈なきをこそ見るべきだ――と北斎が主張しているような、エネルギーに満ちる双幅です() 

 後者については、獅子の右後ろ足のデッサンがチョッと狂っているという見方があります。しかしこれこそがバロックなのです。バロックは17世紀初頭から18世紀中葉にかけ、ヨーロッパ全域で流行した芸術上の様式です。つまり時代様式だったのですが、古典主義は必ずバロック化するという見解もあるんです。

バロックは端正な古典様式に対して、流動性、律動性、感覚性、幻惑性、強烈な対照性などを特徴としました。一言でいえば古典主義を否定する「奇抜な着想」でした。まさに「鍾馗騎獅図」の特徴ではありませんか。北斎芸術とはバロックなのです。

2025年4月27日日曜日

出光美術館(門司)「肉筆浮世絵」4


 さて、出光美術館の浮世絵コレクションは、近年になって形成されたものではなく、初代館長であった出光佐三店主時代の収集品である。そしてその特色の第一としては、まず広い意味での浮世絵のうち、一般に知悉される版画や版本類が基本的に含まれず、 肉筆浮世絵のみを専門としていることがあげられる。……ついで、出光の肉筆浮世絵コレクションの第二の特色は、先にあげた比較的コンパクトな収蔵品量にもかかわらず、各時代の代 表的な肉筆画の作品がほぼカヴァーされている、ということであろう。その内容は本巻をご覧になるのが一番であるが、まず寛文美人図から菱川派といった浮世絵の前史と揺籃期を皮切りに、十七・十八・十九世紀の各時代に驥足を展ばした絵師たちの作品が、 幕末期の葛飾派・歌川派絵師に至るまでほぼ網羅されている。しかも、それらの作品はひとりの絵師につき一、二件ないしは数件ずつという、非常に合理的な方法で集められているのに気が付くはずである。 

2025年4月26日土曜日

出光美術館(門司)「肉筆浮世絵」3

 じつは412日(土)に、「出光肉筆コレクション――饒舌理事のベストテン」と題して講演を、いや、口演をやらせてもらいました。岩佐又兵衛派の傑作「桜下弾琴図屏風」以下出品作品から10点を選んで、私見をしゃべったんです。許された時間は60分――饒舌館長にとっては15分といったところだったかな() 

このコレクションについては、小林忠編『肉筆浮世絵大観』3<出光美術館>(講談社 1996年)にまとめられています。僕も懐月堂派を中心に、解説を書かせてもらった思い出の豪華本です。その巻頭には、当時キューレーターであった内藤正人さんが「出光美術館の肉筆浮世絵コレクションについて」と題する一文を寄稿していますので、その一部を引用さていただきましょう。

 

2025年4月25日金曜日

出光美術館(門司)「肉筆浮世絵」2

出光美術館(門司)の展示は日本の書画、中国・日本の陶磁器が中心です。テーマに沿った内容の優品を年56回の展覧会を通してご紹介しています。また、出光興産の創業者であり、出光美術館の創設者である出光佐三氏の生涯の軌跡を紹介する「出光創業史料室」も併設しています。丸の内館休館中は、ここが出光美術館の中心的ギャラリーとなることでしょう。

2000年にオープンした出光美術館(門司)は、今年25周年を迎えることになりました。それを記念して現在「肉筆浮世絵――師宣・春章・北斎たちの筆くらべ」展が開かれています。出光美術館肉筆浮世絵コレクションから厳選された31点が4章に分けられ、肉筆浮世絵に不案内な方でも楽しく鑑賞できるように陳列されています。

すばらしいキューレーションを行なったのは学芸員の立畠敦子さん――かつて僕が九州大学文学部で集中講義を行なったときの学生さんです。東京からはチョッと遠いかもしれませんが、九州にお住まいの饒舌館長ブログファンには、ぜひお勧めしたい展覧会ですね。

 

2025年4月24日木曜日

出光美術館(門司)「肉筆浮世絵」1

 

出光美術館(門司)開館25周年記念「肉筆浮世絵――師宣・春章・北斎たちの筆くらべ」<5月25日まで>

 出光美術館といえば東京丸の内を思い浮かべるかもしれませんが、北九州市の門司にもあるんです。以前ここで開催された展覧会から、尾形乾山・光琳合作の「銹絵竹図角皿」や相阿弥筆「山水図」を「僕の一点」に選んで、「饒舌館長ブログ」にアップしたことがあるように思いますが……。

出光美術館(門司)は、出光美術館の創立者である出光佐三氏とゆかりの深い門司――その門司港レトロ地区の一角に、出光コレクションを展示する美術館として2000年に開館しました。

その後改築を経て2016年に新たに完成した美術館は、モダンながらノスタルジックな面持ちもそなえたレンガ調の外観へと生まれ変わり、レトロ地区の新たな顔として皆様に親しまれています。

2025年4月23日水曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』10

 

アートワークス最初の1冊は、プリンストン大学教授をつとめたレンスラー・W・リーの『ウト・ピクトィラ・ポエシス 詩は絵のごとく/絵は詩のごとく 人文主義絵画理論』でした。翻訳は森田義之さんと篠塚二三男さん、腰巻には高階秀爾先生が推薦の辞をお書きになっています。

時空を超えて人間が詩画一致という同じ思想に到達した事実は、何と興味深いことしょうか。僕はいま書いている拙文の〆にこれを引用することにしました。高橋夫妻の高き理想と、西欧と日本に橋を架けようとする強い意志に脱帽です。

醍醐書房を立ち上げた原田平作先生を思い出しつつ、アートワークスの更なる発展を心からお祈りするとともに、『芸術家伝説』をこれまた心から推薦させていただきたいと存じます。とくに日本東洋美術を研究する方々、あるいはこれを愛して止まない方々に……。

それはともかく、最初にアップしたベッツィ&クリスの「白い色は恋人の色」は、やはり素晴らしいジャパニーズ・フォークだったなぁ( ´艸`)


2025年4月22日火曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』9

 

 この名著を復刊したのはアートワークスという出版社です。アートワークス? 知らなくたって当たり前だのクラッカーです。長いあいだ西欧美術史を研究し、学習院大学で若い学生たちを指導し、辞したあと名誉教授となった高橋裕子さんが立ち上げた出版社です。コンセプトは良質な翻訳と手ごろな価格――山椒は小粒でもピリリと辛い美術出版社です。

高橋さんの伴侶は高橋達史さん――達史さんもすぐれた西欧美術史の研究者で、青山学院大学名誉教授というオシドリ夫婦です。代表者は裕子さんですが、二人三脚で運営にあたっていらっしゃるのでしょう。僕が『芸術家伝説』の復刊を知ったのも、フェイスブックフレンドである達史さんを通してでした。

2025年4月21日月曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』8

 

このようなライバル物語は、古代ギリシアの画家ゼウクシスとパラシオスの写実競争として『芸術家伝説』に登場します。ゼウクシスが葡萄を描いたところ、雀が飛んできてその葡萄をついばもうとしました。それを聞いたパラシオスは、そのくらいのことなら自分だって簡単にできることを見せつけようとして、ゼウクシスをアトリエに連れていきました。

ゼウクシスはそこに布で覆いをかけた絵が置いてあるのを見て、覆いを取って絵を見せてくれと頼みました。ところがその覆いの布そのものも、絵に描いたトロンプ・ルイユだったのです。ゼウクシスはパラシオスに一本取られたことを認め、「私は雀を欺いたが、君はその私の眼を欺いた」と言ったというのです。

文晁×一鳳のようなライバル物語を考えるときには、必ず『芸術家伝説』をひも解かなければならない――と述べてマイエッセーの〆にしたのでした。クリス&クルツの名著を持ち出して、チョッとアカデミックなお化粧を駄文にほどこしたんです( ´艸`)


2025年4月20日日曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』7

 

とくに忘れられないのは、2013年夏、サントリー美術館で開催された特別展「生誕250周年 谷文晁」に際し、カタログ巻頭に載せてもらった「谷文晁――この絵師、何者!? 人気者――」というエッセーです。「この絵師、何者?」というのが本展のキャッチコピーだったので、それに悪乗りしたタイトルでした() 

文晁の家から一軒おいた隣に、中島一鳳という画家が住んでいました。文晁の家が豪勢に暮らしているのに対し、一鳳は画名の上がらない貧乏絵描きでした。いつも文晁をうらやましく思っていた一鳳の奥さんは、あるとき自分の夫と文晁を比べながら愚痴をこぼしました。

癪にさわった一鳳は、さんざん文晁をけなした上、「人間は死んだあとが大切だ。俺の絵などは死後にますます高くなる」と言い放ちました。すると奥さんはちょっと考えてから、「では、あなたはいつお亡くなりになりますの」と訊いたというのです。


2025年4月19日土曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』6

 

越川さんによると、本書誕生の背景とクリス&クルツの状況をつぶさに考慮すると、それほど唐突な見方とはいえないそうです。

このあいだ喜多川歌麿+蔦屋重三郎の『画本虫撰』は、寛政改革批判の絵本であったという妄想と暴走を「饒舌館長ブログ」にアップしました。まったく関係のない内容の本を出版して暗に何かを批判することは、身に迫る危険を回避するため、知的人間が発明した偉大なる方便だったのではないでしょうか。

越川さんの「復刊に寄せて」からも分かるように、本書は1989年ぺりかん社から刊行され、その後長く絶版となっていた『芸術家伝説』の復刊です。もちろんそのままではなく、いくつかバージョンアップがはかられていますが……。僕も長いあいだ旧版を愛読し、愛用してきました。


2025年4月18日金曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』5

 

しかしそんな比較は専門家に任せることにして、日本東洋美術が大好きなあなたには、大西先生の「日本・中国の芸術家伝説」をまず読んでほしいんです。画家を中心とする日中芸術家のエピソードに心を動かされ、オトガイを解き、そしていくらなんでもホンマかいなぁと疑ったりすることでしょう。ともかくもおもしろいことは饒舌館長がゼッタイ保証します!! そしてもし興味があったら、大西先生の「訳者追記」も読んでほしいと思います。

さらに越川倫明さんの「復刊に寄せて」もおススメですよ。この『画家伝説』が、ヒトラーの『わが闘争』を強く念頭において書かれた書物であるという、トロント大学のイヴォーヌ・レヴィによる新説が紹介されているからです。端的にいえば、ヒトラー批判の書であったというのです。


2025年4月17日木曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』4

 

『芸術家伝説』のドイツ語初版は1934年に出版されましたが、1989年に至って日本語版がぺりかん社より上梓されました。翻訳の労をとったのは大西廣先生、越川倫明さん、児島薫さん、村上博哉さんでした。しかし単なる翻訳本ではありませんでした。例えば小見出しを加えて日本人が読み易いようにしているのですが、最大のバージョンアップは大西先生が「日本・中国の芸術家伝説」を巻末に加筆したことでした。

いや、加筆なんていうもんじゃ~ありません。古代から近世に至る日中芸術家の伝説――人口に膾炙する伝説から誰も知らないような伝説まで87項目、総数にすればおそらく倍以上の伝説が広く渉猟され、大西先生のコメントが加えられているんです。ページ数にして66ページ、1冊の本になりそうなボリュームです。しかも各項目の下に対応するクリス&クルツ原本のページが添えられているので、東西芸術家伝説の比較が容易にできるようになっています。

*「饒舌館長ブログ」では幽明界を異にされた研究者のみ「先生」とお呼びし、お元気な方はひとしなみに「さん」にしています。「辻惟雄さん」というように……。


2025年4月16日水曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』3

 

1章序章に続いて、第2章英雄としての芸術家、第3章魔術師としての芸術家、第4章芸術家に振り当てられた特異な役割と展開させつつ、古今の芸術家伝説を博捜して、それぞれにきわめて示唆的 あるいは暗示的な分析と将来への見通しを加えていくのです。その結論にあたる部分を、最後の節「伝説と実生活」から引用することにしよう。

実生活の中の芸術家と、伝説にえがかれる芸術家のイメージの間には、両者を結ぶ二つの回路があるようだ。伝記作者たちは、いまも見たように、実生活の中の典型的な出来事を加工して、逸話の定型をつくり出す。ところが、芸術家伝説の中で形成されたその芸術家像の「定型」が、今度は逆に現実の芸術家の想像力に対して働きかけるようになる。芸術家というこの特異な職能集団の、あるべき定めのようなものが、それによって形づくられ、個々の芸術家もまた、大なり小なり、それに合わせて生き、それを芸術家たるもののたどるべき宿命として受け入れるようになる。


2025年4月15日火曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』2

エルンスト・クリスはドイツに生まれアメリカで活躍した精神分析学者です。一方オットー・クリスは、同じくドイツに生まれて有名なヴァールブルグ研究所に入り、研究所の移動とともにハンブルクからロンドンに移り、すぐれたライブラリアンとして生涯を送った研究者でした。若き日の二人はともにウィーン大学に進み、そこで出会ってお互いの学問的関心が軌を一にすることを知ったのです。

 その学問的関心を『芸術家伝説』という一書、E.H.ゴンブリッチにしたがえば「類稀なる書物」に結実させたのです。信じられないことに、クリスはまだ30代前半、クルツは20代半ばでした。ゴンブリッチは二人を知的神童と呼んでいるのですが、褒めたたえるべき言葉をもっと探して加えたい誘惑に駆られます。

 

2025年4月14日月曜日

クリス&クルス『芸術家伝説』1


 エルンスト・クリス/オットー・クルツ(大西廣他訳)『芸術家伝説 歴史学的研究の試み』 アートワークス 2023

 クリス&クルツ? ベッツィ&クリスなら知ってるなんて言っているのはどこの誰ですか? 確かにベッツィ&クリスなら饒舌館長もよく知っていますよ。知ってるどころじゃない、昭和44(1969)の大ヒット曲「白い色は恋人の色」は持ち歌の一つです。北山修作詩・加藤和彦作曲――名曲ですね。

♪花びらの白い色は恋人の色 なつかしい白百合は恋人の色

ふるさとのあの人の あの人の足もとに咲く白百合の

花びらの白い色は恋人の色♪

あの可愛かったベッツィ&クリスは今どうしているかなぁ? いや、そんなことはどうでもよろしい。今回の話題はエルンスト・クリス&オットー・クルツです❣❣❣

2025年4月13日日曜日

下川裕治『シニアになって、ひとり旅』4

 

これまた大好きな酒場俳人・吉田類さんと下川さんが対談したら、どんなにおもしろいことだろうと想像したのは、第5章「高尾山登山に没頭した先に駅ビール」を読み終えたときでした。もちろんお酒+低山登山――とくに高尾山の双璧であるお二人だからです。

6章「70歳が待ちきれない路線バス旅」のコラムは高田馬場の「馬場中華」――これも絶品ですが、上野アメ横の「アメ横中華」の方がガチ中華という感じが強いかな? 少なくとも僕の大好きな中国や台湾の夜市中華に近い感じがします。

最終章「尾崎放哉。小豆島ひとり酒」には、「自由律俳句+お酒」のこれまた双璧ともいうべき種田山頭火の代表句「分け入っても分け入っても青い山」」が引かれています。その秀逸なるパロディ「わけいってもわけいってもきかぬつま」――つまり「訳言っても訳言っても聞かぬ妻」を教えて下さったのは、去年追悼の辞を捧げた高階秀爾先生でした。


2025年4月12日土曜日

下川裕治『シニアになって、ひとり旅』3

 

 千葉の土気とけにあるホキ美術館では、写真以上にリアルでエロティックな女性裸体画を、雑念に煩わされることなく純粋に芸術作品として観賞できる年の功に気づいて、「ホキ美術館はシニア向けの美術館」であるという結論に達するのです(!?)

 「暗渠化が進むのは、1964年に開かれた東京オリンピックを前にした頃だった。清潔で美しい国際都市・東京。少しでもその姿に近づけるために、東京都は悪臭を放つ川にふたをしていった……それが暗渠化の現実のように思う」――これは「オリンピック済むまで我慢の立ち小便」という立て看の発想とチョッと似ているかな?

 第4章「苫小牧発仙台行きフェリー」は小田実の『何でも見てやろう』と吉田拓郎の「結婚しようよ」を思い出させてくれました。両方とも感動しながら読み、感動しながら歌った名作ですから……。


2025年4月11日金曜日

下川裕治『シニアになって、ひとり旅』2

 第1章は「デパート大食堂が花巻にあった」――シニア世代にとって懐かしきシャングリラであるデパート大食堂を求めて、下川さんが花巻へ旅立ちます。そして注文するのは、もちろんラーメンとカレーです。

カレーは家のカレーの味わいだった。カレー専門店のような鋭さはないが、ほっこりするような日本のカレーだ。その味が日本の米にマッチする。脇には福神漬けがちゃんと添えられていた。福神漬けはマルカンビル大食堂の演出のような気もした。……マルカンラーメンを啜り、カレーライスを口に運んだ。唸るような味ではなかった。味は及第点には達しているがそれ以上ではない。

 下川さんは「百貨店の大食堂はこれでなくてはいけないのだ」と独りごつのですが、やはりテーブルにあったにちがいない、ソースをかけて召し上がるべきだったんじゃ~ないでしょうか。あるいは生卵を一つ持ち込めば、及第点どころか💮満点になったと思いますよ( ´艸`)

 

2025年4月10日木曜日

下川裕治『シニアになって、ひとり旅』1

下川裕治『シニアになって、ひとり旅』(朝日文庫 2024年)

 大好きな旅行作家――下川裕治さん。デビュー作にして名著のほまれ高き『12万円で世界を歩く』以来のファンとして、何回かオマージュを捧げたことがあるように思います。1年前に出た『シニアになって、ひとり旅』もすごくいいんです!! シニアといっても、後期高齢者の僕にこういう旅はもうできませんが、疑似体験はこの上なく楽しく、カタルシス効果はバツグンです。裏表紙のコピーは……。

 コロナ禍が明けた2023年夏、ひとり、日本を歩いた。デパート食堂、キハ車両……旅の原点が蘇る、旅の琴線。70歳間近という年齢だからこそ輝く旅がある。列車やフェリー、バスの車窓に人生を映して味わうひとり時間。そこにはシニアならではの旅があった――。 

2025年4月9日水曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」8

 最後に、山種美術館「桜 さくら SAKURA 2025 美術館でお花見!」展のチラシに刷られたコピーを紹介することにしましょう。そこにある「はらはらと散っていく儚はかなさ」は、新渡戸稲造にならって言えば薔薇に欠けている美しさです。

暖かな陽光がさし始める春。草花が芽吹き、心躍る季節です。なかでも私たちの気持ちを浮き立たせるのは、桜の開花ではないでしょうか。このたび当館では、桜の名品を一堂に展示し、美術館にいながら、お花見に訪れたかのように気持ちが華やぐ展覧会を開催します。

桜がらんまんと花を開かせた時の美しさと、はらはらと散っていく儚さは、古くから日本人の心を魅了してきました。芸術の世界においても、古来、詩歌に詠まれ、調度や衣装などの文様に表されるとともに、絵画にも盛んに描かれています。近代・現代の日本画でも、桜は多くの画家が取り上げたテーマであり、画家の個性や美意識が反映された多種多様な表現をみることができます。……2025年春、個性豊かな桜の絵画で満開となった会場で、お花見を楽しみながら、春を満喫していただければ幸いです。

 

2025年4月8日火曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」7

今回は奥村土牛の傑作「醍醐」がポスターのメインイメージに選ばれ、目玉にもなっているので、とくに土牛芸術に力を入れてしゃべりました。もちろん大好きな画家でもあるからです。

遅咲きの画家といわれる土牛は、一歩一歩着実に独自の土牛様式を創り上げていきました。人の真似できない真なる創造的人生を生きた画家だったと思います。神童と呼ばれることはなかったかもしれませんが、遅咲きの天才とたたえたいのです。

それは自伝の『牛のあゆみ』というタイトルに、何よりもよく象徴されています。虚飾を廃した訥々とした語り口にも魅了されます。土牛が101歳まで創造の筆を折らなかったことも見習いたいと思いますが、コチトラあと20年はゼッタイもちませんよ()

モチーフとなった醍醐の「太閤しだれ桜」を組織培養した桜が、4年ほど前でしょうか、山種美術館の玄関横に植えられ、花を咲かせ始めました。文字どおりこの展覧会に錦上花を添えているのです!!

 

2025年4月7日月曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」6

 

実はさる329日の土曜日、この「桜 さくら SAKURA 2025」展にちなんで、「桜を描いた名品佳品 饒舌館長ベストテン」と題する講演を、いや、口演をやらせてもらいました。会場は山種美術館から歩いてすぐのところにある國學院大學院友開館、足元のよくないなか、120人もの方々が聴きに来てくださいました。欣快の至りとはこういうことをいうのでしょう。

マイベストテンは橋本雅邦「児島高徳」、菱田春草「月四題のうち春」、渡辺省亭「桜に雀」、小林古径「弥勒」、横山大観「山桜」、速水御舟「あけぼの・春の宵のうち(春の宵)」、川合玉堂「春風春水」、奥村土牛「醍醐」、川端龍子「さくら」、加山又造「夜桜」ですが、同じ画家の代表作を含む参考作品と、番外として寺崎広業「花見」(木版口絵)を加えました。


2025年4月6日日曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」5

 

 桜と相性がよい文学は和歌でしょうが、漢詩だって負けてはいません。先に紹介した渡部英喜さんの『漢詩花ごよみ』に江戸末期に鳴った漢詩人・藤井竹外の七言絶句「芳野」が載っています。またまたマイ戯訳で紹介することにしましょう。

  古き陵みささぎ――松柏まつかしわ つむじ風受け吼えている

春の爛漫 山寺に 尋ねりゃ桜は散ったあと

  雪の眉毛の老僧が 箒ほうき持つ手を休めつつ

積もる落花に囲まれて 昔語りは吉野朝よしのしょう

2025年4月5日土曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」4

人はだれしもこの幸福な島国で、春、とくに桜の季節を京都や東京で過ごすべきだ。その季節には、思い思いに着飾った人々が、手に手をたずさえ桜花が咲き乱れる上野公園をはじめ、すべての桜の名所に出掛けてゆく。彼らはその際、詩作にふけり、自然の美と景観を賛美する。……世界のどの土地で、桜の季節の日本のように、明るく、幸福そうでしかも満ち足りた様子をした民衆を見出すことができようか?

 これはオーストリアの芸術史家アドルフ・フィッシャーの『100年前の日本文化――オーストリア芸術史家の見た明治中期の日本』(中央公論社 1994年)から引用した一節です。実をいえば日本人はただ飲んでドンチャカやっているだけなのに……() いや、かつては我らが花見もフィッシャーの言うとおり優雅だったのかな?

 

2025年4月4日金曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」3

しかし平安時代前期が終わり、遣唐使が廃止されて国風文化が成熟してくると、梅と桜の人気は逆転、「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と詠むような桜狂さくらきちがいがたくさん出現することになります。

もちろん、桜を賞美する花見は高位貴顕の人々に限られていましたが、その最後を飾るのが豊臣秀吉による吉野山と醍醐の花見だったでしょう。やがて町衆庶民が花見を楽しむようになり、徳川時代も後期となれば「女房の智恵は花見に子をつける」という下世話な江戸川柳の世界へ降りてきます。

旦那が花見と称して、生身の花咲く吉原へ行かないようにするため、女房が子供を一緒に行かせるんです。べらぼうめ‼ 確かに子供がいたら大門はくぐりにくい‼ 近代に入ると、花見は日本の風物詩として広く知られ、西欧人がそれを称賛するようになるのですが、チョットこそばゆくなってくる文章もあります。

 

2025年4月3日木曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」2

桜は植物分類学上バラ科に属するそうですが、ちょっと不思議な感じがします。新渡戸稲造の名言「薔薇ばらに対するヨーロッパ人の讃美を、我々は分かつことをえない。薔薇は桜の単純さを欠いている」を思い出すからです。このすぐれた思想家が、マギャクの美しさと見なした薔薇と桜が同じ科に属する花であったとは、お釈迦様でもご存じないのではないでしょうか。

『万葉集』には桜を詠んだ歌が45首も収められているそうですが、梅の119首に比べるとぐっと少ないのです。これは唐文化とともにもたらされた梅に、当時の律令官僚たちが魅了されたためでした。そのような観梅の宴が大伴旅人によって開かれなかったら、「令和」という年号も生まれなかったことになります。

 

2025年4月2日水曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」1

 

山種美術館「桜 さくら SAKURA 2025 美術館でお花見!」<511日まで>

春がやってきました。長い冬が終って、待ちに待った春ですーーと思ったら、また冬に逆戻りしたようですが……。春といえば、何はなくとも桜です。春になったから桜が咲くのではありません。桜が咲くから春になるんです(!?) 

サクラの語源については諸説あるそうですが、日本神話にでる木花之佐久夜毘売このはなのさくやひめの美しさが筆舌に尽しがたく、もっとも美しい花のようだったので、その花をサクヤと呼び、やがてサクラになったという説にもっとも魅力を感じます。

単に「花」といえば桜を指すようになり、木の花、花王、夢見草、かざし草、つまこい草、いろみ草、はるつげ草、しののめ草などたくさんの異名が生まれるようになったことは、不思議でも何でもありません。さらに桜は日本の象徴、日本人の精神そのものと見なされるようになりました。「しきしまの大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜ばな」という本居宣長の一首が、それを物語っています。


2025年4月1日火曜日

『アートリップ入門』5

ブッチャケ、最初は僕もそんな効果なんてホンマカイナと思ったのですが、話を聞いているうちに、これからの日本にとり重要かつ必須のプロジェクトだと確信するようになりました。アートリップの進行役はアートコンダクターと呼ばれますが、その養成講座で何回か話をさせてもらったんです。今となっては懐かしい思い出です。

このたび林容子さんは、24年間つとめた尚美学園大学を定年前に辞め、アートリップに全力投球することになりました。アートリップを運営するために、早く一般社団法人アーツ・アライブを立ち上げ、その代表理事として孤軍奮闘、獅子奮迅、猪突猛進でやってこられましたが、これからはさらに忙しくなることでしょう。月並みながら「頑張ってね!!」――しかし「林さんのことだから、頑張り過ぎないようにね!!

林容子さん、アートリップ、アーツ・アライブの更なる発展を祝し、今晩独酌の杯を挙げたいと思います( ´艸`) 

 

東京美術『日本視覚文化用語辞典』2

 本邦初の辞典がここに誕生したんです。しかも日本語のあとに、すぐれた英訳がついているから便利です。便利なだけじゃ~ありません。日本語と英語における視覚文化へのアプローチが意外に異なっていることが浮彫りになり、おのずとわが国視覚文化の特質といった問題へ導かれることになります。この質...