2025年8月4日月曜日

根津美術館「唐絵」4

 

 「唐絵」のもっとも重要な一ジャンルに「詩画軸」があります。かつて僕は美術雑誌『月刊 水墨画』に「河野元昭が選ぶ水墨画50選」という連載を続けたことがあります。そのとき現在遺っている詩画軸のなかで、制作年代の確定できる最初の作品「柴門新月図」(藤田美術館蔵)を取り上げ、詩画軸について簡単に述べたんです。それを再録することをお許しください。

南北朝時代から室町時代にかけて、このような形式の水墨掛幅画が大変流行しました。つまり、あまり大きくない画面の下の方に水墨で絵を描き、上の方に題や序文や漢詩を賛として書き加えるもので、当時から詩画軸と呼ばれてきており、現代でもこの名称がそのまま用いられています。


2025年8月3日日曜日

根津美術館「唐絵」3

 

それは①中国で制作され日本へ舶載された絵画、②中国の風景や風物を描いた絵画、③中国画の画風をもって描かれた絵画の3つです。もちろん②と③の場合、日本で制作された絵画ということになります。

つまり①は中国画という制作地域を表わし、②は主題テーマを示し、③は様式スタイルを象徴しているということになります。言うまでもなく①が本来の意味でしょうが、それから発展して②や③が成立、日本の絵なのにそれを唐の絵と呼んだのです。日本美術と中国美術の密接な関係を考える際、とても興味深い現象ではないでしょうか。

伊藤紫織さんが『江戸時代の唐絵 南蘋派、南画から南北合派へ』(春風社 2023年)という興味深い一書を著わすことができたのも、このような「唐絵」多義性があったからにほかなりません。いや、多義性ではなく鵺性ぬえせいというべきかな( ´艸`)


2025年8月2日土曜日

根津美術館「唐絵」2

 

根津美術館で開催中の企画展「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」――これまたNHK青山文化センター講座でピックアップした「魅惑の日本美術展」です。オープン後もあまりの暑さにビビッていましたが、1週間も経ってしまったので、学問研究のためには熱射病も厭わぬ覚悟で出かけました( ´艸`) 昨日はじめに掲げたのは、本展の「ごあいさつ」でした。

 「唐絵」とは何でしょうか? いつも引用する『新潮世界美術辞典』には、とても分かり易い700字ほどの説明が載っています。この辞典は無署名ですが、「唐絵」の項目は尊敬して止まない秋山光和先生が執筆されたにちがいありません。これを整理すると、大きく分けて3つの意味になるように思います。


2025年8月1日金曜日

根津美術館「唐絵」1

 

根津美術館「唐絵 中国絵画と日本中世の水墨画」<824日まで>

遣唐使が停止されたあと、日中間の交流は限られたものとなっていましたが、中世に入ると再び盛んとなり、様々な交易品が日本へともたらされました。それらの中には、中国の院体画や、牧谿ら画僧による水墨画の名品なども含まれていました。「唐絵」と呼ばれたこれらの作品は、とりわけ足利将軍家をはじめとする武家の間で尊ばれ、やがてそれらに倣った和製の唐絵も多数制作されることとなります。
 根津美術館のコレクションの中には、こうした中国画や日本中世の水墨画といった唐絵の名品が多数含まれます。本展覧会では、それらの中でも特に重要な作品をまとめて紹介いたします。

2025年7月31日木曜日

三井記念美術館「花と鳥」5

 

本展のキューレーションを行なったのは、主任学芸員の海老澤るりはさんです。その海老澤さんが、先日『朝日新聞』夕刊の「私の<イチオシ>コレクション」に「商家率いた活力と発想 大作に」と題して、三井高福たかよしの「海辺群鶴図屏風」を紹介していらっしゃいました。

高幅は幕末から明治にかけて活躍、三井財閥の基礎を築いた実業人でしたが、応挙の弟子に画を学んでこれを趣味としました。この「海辺群鶴図屏風」は応挙作品の模写だそうですが、画技の高さには驚かざるを得ません。かつて「応挙と三井家」という拙文を書いて、創業者・三井高利の思想とその後の三井家について考えたことがあります。その時この作品を知っていれば、是非使いたかったなぁと思いながら眺め入ったことでした。

2025年7月30日水曜日

三井記念美術館「花と鳥」4

 

「鳥類真写図巻」にも、この掛幅にも、三井記念美術館学芸部長の清水実さんが撮影したリアルなカケスの写真が添えられています。比べてみると、始興の写生はやや太目で、完成画の掛幅ではさらに太目になっているように感じられました。

始興の師である尾形光琳の「鳥獣写生図巻」(京都国立博物館蔵)にもカケスが登場しますが、こちらは写真と同じように細めです。あるいは始興の場合、写生の段階で絵画化へのベクトルがすでに働いていたのかもしれません。

始興の「鳥類真写図巻」については、先の清水実さんが『三井美術文化論集』11号(2018)に、詳細な「資料紹介」を寄稿しています。会場では細かい字の留書が読めませんでしたが、清水さんはそれをすべて翻刻し、片仮名を漢字に改めて詠み易くしています。

カケスの留書は「羽裏薄墨/はね裏のむくげ朱墨/朱墨隈/白」――始興の息づかいが伝わってくるようではありませんか!! 写生の重要性を主張して江戸時代絵画を革新し、多くの弟子を養育して円山派を開いた円山応挙は、このような始興の写生から決定的影響を受けたのでした。

2025年7月29日火曜日

三井記念美術館「花と鳥」3

 

やや横長の画面に、ラフな水墨調で樹木を描き、そこにカケスを一羽止まらせています。下には渓流が涼しげな音を響かせています。明らかに「鳥類真写図巻」のカケスをもとに仕上げた一幅です。その巧みな描写だけで始興だと分かりますが、画面左下に「渡辺始興」<始興之印>という、まがう方なき落款が入っています。

はじめて見る始興の佳品です。なによりも「鳥類真写図巻」と直接的に結ばれる作品であることが、とてもうれしく感じられました。水墨+写生という相似たアイディアによる始興の傑作に、「梅に小禽図屏風」がありますが、その掛幅バージョンだといってもよいでしょう。

この屏風は始興が61双金地の「山水図屏風」を描き、その裏にみずからこれを添えたものでした。あくまで「山水図」が表で、「梅に小禽図」は僕のいう「裏面屏風」でしたが、こっちの方が断然おもしろいのです。若いころ大変お世話になった組田昌平さんのお宅で拝見した逸品でしたが、その後ロサンジェルス・カウンティ美術館のコレクションになりました。


根津美術館「唐絵」4

   「唐絵」のもっとも重要な一ジャンルに「詩画軸」があります。かつて僕は美術雑誌『月刊 水墨画』に「河野元昭が選ぶ水墨画 50 選」という連載を続けたことがあります。そのとき現在遺っている詩画軸のなかで、制作年代の確定できる最初の作品「柴門新月図」(藤田美術館蔵)を取り上げ、詩...