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2025年4月4日金曜日

山種美術館「桜さくらSAKURA2025」3

しかし平安時代前期が終わり、遣唐使が廃止されて国風文化が成熟してくると、梅と桜の人気は逆転、「世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」と詠むような桜狂さくらきちがいがたくさん出現することになります。

もちろん、桜を賞美する花見は高位貴顕の人々に限られていましたが、その最後を飾るのが豊臣秀吉による吉野山と醍醐の花見だったでしょう。やがて町衆庶民が花見を楽しむようになり、徳川時代も後期となれば「女房の智恵は花見に子をつける」という下世話な江戸川柳の世界へ降りてきます。

旦那が花見と称して、生身の花咲く吉原へ行かないようにするため、女房が子供を一緒に行かせるんです。べらぼうめ‼ 確かに子供がいたら大門はくぐりにくい‼ 近代に入ると、花見は日本の風物詩として広く知られ、西欧人がそれを称賛するようになるのですが、チョットこそばゆくなってくる文章もあります。

 

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