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2021年4月30日金曜日

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」1

 

サントリー美術館「ミネアポリス美術館 日本絵画の名品」<6月27日まで>

 ミネアポリス美術館は、すぐれた日本美術コレクションで有名なアメリカの美術館です。とくに最近、メアリー・バーク・コレクションのほぼ半分と、エリザベス&ウィラード・クラーク・コレクションを加えて、充実の度を増しました。日本美術はじつに9500点に及び、そのうち1400点が日本絵画だそうです。

とはいいながら、恥ずかしいことに、僕はお訪ねしたことがないんです。ミネアポリスはアメリカ・ミネソタ州の最大都市だそうですが、僕らの世代がミネソタと聞けば、まず思い出すのは暁テル子の名曲「ミネソタの卵売り」ですね()

♪わたしはミネソタの卵売り 町中で一番の人気者 卵に黄身と白身がなけりゃ お代はいらない コ、コ、コ、コ、コケッコ~♪

2021年4月29日木曜日

府中市美術館「与謝蕪村」8

  君笑い「その十倍だ 大杯で 罰酒飲まざるべからず」という

  おもむろに懐中から出す宝物――呂尚と王莽[おうもう]時代の刀銭

  斉国の大刀――周でただ一種 鎌[かま]の形で取手に環[]あり

  「斉」の字が半分残って読み取れて 裏にゃ 真ん丸 鋳出されている

  次に見た金錯刀にゃ~「一刀の平[あたい]は五千」と刻まれている

  精銅は虫に食われず腐食せず 環も刀身もじつに優美だ

  君がため盃[さかずき]挙げて飲み干して 馬で帰れば月皓々と……

その解説によると、劉原甫は梅尭臣の親友で、しばしば詩の唱和をしています。この詩でも、ご馳走になりながら「酌してくれる美人はおらず」なんて詠んでいるのですから、とても親しかったのでしょう。劉原甫は役人としても相当な地位にのぼり、北方のキタイ(契丹)に使いしたこともありました。また学者としても一流で、その豊かな学識は、さしもの欧陽脩をしてしばしば感服せしめたほどだそうです。

梅尭臣の詩にある「大刀」と「金錯刀」は有名な古銭らしく、上記選集の口絵に写真が載っていますが、「古代中国のお金って、こんなだったんだ」と思わせる変な形をしています。これじゃ~使いにくくって仕方ありません()

 

2021年4月28日水曜日

府中市美術館「与謝蕪村」7

劉原甫は、かつて紹介したことがある北宋のネコ詩人・梅尭臣と親しく、中国詩人選集第2集『梅尭臣』には、「劉原甫の家に飲む、原甫 二つの古銭を懐にして酒を飲む、其の一は斉の大刀、長さ五寸半、其の一は王莽の時の金錯刀、長さ二寸半なり」という五言詩が採られています。またまたマイ戯訳で紹介することにしましょう。

 原甫君お酒を俺に勧めるが 酌してくれる美人はおらず

  「いにしえの器物を披露したいけど 先ずその時代 予想してみて!!

  我思う――孔子の履[くつ]はその昔 武庫の火災で烏有に帰した

  陶侃[とうかん]の梭[]は赤龍となり空へ 嵐を突いて飛び去ったはず

  軒轅[けんえん]の鏡はこの世にないゆえに 多くの妖怪 跋扈[ばっこ]している

  豊城で見つかった剣 延平の 水底深く沈んだとも聞く

  「二百年ほど前のもの? それならば きっと書幅か絵画じゃないか?」


2021年4月27日火曜日

府中市美術館「与謝蕪村」6

目立ちすぎる金砂子はあとから蒔いたのかもしれません。もともと襖絵だったものを屏風に改装したのかなと思い、引き手跡を隠すため蒔いた可能性を考えながらよく見ましたが、目視だけでは確認できませんでした。右隻右上に、劉原甫の七言絶句が書かれています。またまたマイ戯訳で紹介しましょう。

 生い茂ってる春の草 その名前など知らないが

 水辺の原に美しく 咲き乱れてる花たちよ!!

 花の絨毯 踏んづける ことなど車馬はやらぬから……

 いっぽう城門内に入りゃ 草一本さえ生えてない

 出典は蕪村が愛用した漢詩アンソロジー『聯珠詩格』にちがいないと思い、マイ弘化版で調べると巻之下に載っていました。劉原甫は中国・北宋の詩人、愛用する『中国学芸大事典』には「劉敞」で出ています。 

2021年4月26日月曜日

府中市美術館「与謝蕪村」5

 


この作品を宮津で最初に見たのは、もう半世紀も前のことでした。辻惟雄さんを中心に、今は亡きジェームズ・ケーヒル先生を案内しつつ、宮津から出雲へ旅行したときのことです。その後、『国文学 解釈と鑑賞』662号に拙文「蕪村の俳画――若描きを中心に」を書く機会があり、その旅行を思い出しながら本屏風を取り上げました。

やがてこのなかの何人かが屏風を抜け出し、掛幅や扇面の俳画における主人公に成長している点は、とくに興味深く感じられます。

今回は「僕の一点」をもう一つ選びたいと思います。それは「春野行楽図屏風」(個人蔵)ですね。画面のぐっと下の方に、徒歩で、あるいは馬に乗って道を行く人々を描いた屏風で、はじめて見る傑作です。饒舌館長いうところの「行路の画家蕪村」を象徴する作品として、すごく興味を引いたのでした。

2021年4月25日日曜日

府中市美術館「与謝蕪村」4

 

 金子さんは蕪村の「ぎこちなさ」を俳画にも認めるのですが、とくにその朴訥な文字を「ぎこちないフォント」と呼んでいるのが愉快です。そして「蕪村の俳画は、美術史の上で、もっと注目されてよいのではないだろうか」という提言を行なっていますが、「異議なし!!」と叫びたい気持ちになります。本家の中国文人画には絶対にない、日本文人画だけの個性は、俳画にこそ見いだせるというのが私見なんです!!

  ヤジ「当り前じゃないか、中国には俳句がないんだから!! 何をエラッソウに!!

 というわけで、「僕の一点」は俳画調の「田楽茶屋図屏風」ですね。宮津のある個人が所蔵する逸品です。おそらく葵祭でしょう、それを楽しむ人々の様子を軽妙に描いて、蕪村俳画の原点を示す作品となっています。この絵を見る楽しさは、金子さんがカタログにこれまた軽妙な文章でつづるところです。 

2021年4月24日土曜日

府中市美術館「与謝蕪村」3

 

下手だったとされる時代の作品にも、蕪村がその後も持ち続けた、あるこだわりが感じられます。それが、本書で注目する「ぎこちなさ」です。決して、下手だという意味ではありません。京に定住するより前から、流暢に描くことや、誰の目にも立派だったり美しかったりするものを避け、あえて拙く見えるように描いています。そして、今日多くの人に高く評価される晩年の作品の中にも、それは生き続けています。朴訥さから生まれる力強さや、頼りなさから生まれる揺らめきが、蕪村の絵の魅力の根幹を成しているようです。「ぎこちなさ」、あるいは「頼りなさ」に注目しながら作品を眺めてみれば、「ヘタウマ」のイラストを日々楽しんでいる私たちには、蕪村の絵が、もっともっと面白く感じられるかもしれません。

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」2

  この二つのテーマに注目する本展覧会は、江戸の活気を余すことなく描き出した国指定重要文化財「江戸名所図屏風」(出光美術館蔵)から説き起こします。日々の生活を存分に謳歌する人々の描写は、まさにこれから誕生しようとする浮世絵を確かに先取りしています。 今回は、出光美術館のコレクショ...