とくによく知られているのは「太白」里帰りの物語です。日本では絶滅していた幻のサクラ「太白」の穂木ほぎ――接木するための小枝を、イングラムは失敗を何度も重ねながら、ついにわが国へ送り届けてくれたのです。
しかし戦後、ふたたび「染井吉野植栽バブル」が起こりました。全国の自治体は、それぞれの大義名分のもとで、競うように染井吉野を植樹したのです。阿部菜穂子さんによれば、成長が早く経済的なこのサクラは、戦後の荒廃からいた早く立ち直ろうとした「新生日本」のシンボルとして、改めて都合よく使われたのです。
モラエスは「以上諸点の総括」の章でも、 「改革の大演劇」によって「美という美がすべて荒廃しつつある」ことを慨嘆しています。 荒廃 のなかに残るわずかな美を探し求めた、サウダーデの旅の結晶が 『日本精神』 をはじめとするモラエスの著作 だったように感じられます。 旅の画家と...
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