とくによく知られているのは「太白」里帰りの物語です。日本では絶滅していた幻のサクラ「太白」の穂木ほぎ――接木するための小枝を、イングラムは失敗を何度も重ねながら、ついにわが国へ送り届けてくれたのです。
しかし戦後、ふたたび「染井吉野植栽バブル」が起こりました。全国の自治体は、それぞれの大義名分のもとで、競うように染井吉野を植樹したのです。阿部菜穂子さんによれば、成長が早く経済的なこのサクラは、戦後の荒廃からいた早く立ち直ろうとした「新生日本」のシンボルとして、改めて都合よく使われたのです。
かつて「桃山美濃陶試論」 (『美術史論叢』17 2001年 ) なる 拙文を書いたとき俎上にのせた作品ですが、そのときは 『世界陶磁全集』の 図版をみながら 考えた だけでした。 しかし 実際に 会場で みると 、 図版に倍する素晴らしさだったので 「僕の一点」に選んだので...
0 件のコメント:
コメントを投稿