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2018年1月8日月曜日

前方後円墳8


もちろんこれには、強い反論が予想されます。一番強烈なのは、天圜地方祭祀説を精緻に論証した重松明久氏や西嶋定生氏の説でしょう。それらによると、円丘で天を祭り、皇帝を配祀、方丘で地を祭り、夫人を配祀したのです。たとえば魏の明帝のとき、天を祭る円丘に武高帝(曹操)を配祀し、地を祭る方丘に武宣皇后(曹操夫人)を配祀したそうです。

もちろん両者は離れており、くっついてはいませんでした。古代中国王朝の権威を象徴する祭祀の場所として、宗廟、社稷、圜丘、方丘がありましたが、大和政権にはそれらがなく、前方後円墳だけだったことが論拠の一つに挙げられています。

私見とまったく反対で、天・円・男、地・方・女となっています。なぜ日本ではそれが逆になったのか、実証することはできません。何しろ、あっちには文献資料があり、こっちは思いつきにすぎません。ただし、中国に天圜地方と男女を組み合わせる思想があったとすれば、それが日本にもたらされたとき、わが国の精神風土のなかで逆転することは、充分に考えられるんじゃないでしょうか。

たとえば、中国では忠より孝が尊重されたのに対し、我が国では逆転したと考えられています。孝・忠という観念は中国で生み出されたとしても、日本の精神風土のなかで、その軽重が逆転したのではないでしょうか。

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