100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2018年11月30日金曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」8


畏友・有賀祥隆さんと大高保二郎さんが加わった総合討議も、たいへん熱気を帯びたものでした。それを聞きながら、近世近代におけるインド回帰の系譜も僕の頭を過ぎったことでした。たとえば、富永仲基に始まる大乗非仏説や岡倉天心の『日本の覚醒』、天心に指導された日本美術院の画家たちです。

また、ハインリッヒ・ヴェルフリンが『美術史の基礎概念』でいうように、バロックには開かれた様式という性格があって、それゆえにこそ世界で受け入れられ易かったのではないかという大高さんの指摘も、<目から鱗>でした。かつて「桃山バロック論」なる独断と偏見を書いたことがある僕ですが、そのときこの指摘を聞いていれば、もうちょっと厚みのあるエッセーになったんじゃないかなぁ(!?)




2018年11月29日木曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」7


いずれにせよ、東大寺南大門とそこに安置される金剛力士像が、ともにその後ほとんど受け継がれなかったという事実は実に興味深く、そこには日本美術の秘密が隠されているようにも感じられるのです。

小林さんの発表でもっともおもしろいと思ったのは、17世紀から18世紀にかけて活躍したスペイン植民地時代のメキシコ人画家であるクリストバル・デ・ビリャルパンドの作品でした。そこには、マニエリスム様式とバロック様式が併存しているからです。

それは中国文化を学んだ日本文化のなかに、中国の時代相を異にする文化が併存していることを思い出させてくれます。

たとえば、南宋の文化である抹茶と、明の文化である煎茶がともに我が国で愛好されているように……。古い言葉は中央で消滅しても、その周辺に長く残存するという、柳田國男が『蝸牛考』で主張した定理は、やはり本当だったんだと思いながら、僕は耳を傾けていました。

2018年11月28日水曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」6


それはきわめて合理的構造であり、「鉄骨建築を思わせる構造美」とたたえられるゆえんです。益荒男的構造だといってもよいでしょう。それは金剛力士像の造形と表裏一体をなしているといっても、過言じゃありません。

しかしこれまた興味深いことに、このような天竺様建築は、我が国においてほとんど継承されませんでした。ここには美意識の問題があったんだと思います。あまりに合理的で、あまりに力強く、あまりに益荒男的であった天竺様建築は、日本人の美意識とちょっと合わないものでした。

彫刻や絵画より、人間生活に密着する美術である建築の場合、生活様式や生活環境の問題も考えなければなりませんが、やはり美意識を無視することは許されないでしょう。なぜなら、生活様式や生活環境と美意識は、分かちがたく結びついているからです。

2018年11月27日火曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」5


その前に立つ誰しもが、その勇姿に深く心を動かされるところです。それは金剛力士像の美意識と、何とよく呼応していることでしょうか。

ところで、このような東大寺南大門の力動感は、その非常に合理的な建築様式によって生み出されているのです。外観は二重ですが、柱はすべて上まで伸び、下層の屋根は指し掛けとして造られているにすぎません。太い柱に太い貫「ぬき」を数多くがっしりと通し、挿肘木[さしひじき]で六手先[むてさき]まで斗栱を強化して大きな屋根を支えています。

軒は単純な一軒[ひとのき]とし、隅扇垂木[すみおうぎだるき]にしています。日本人が好む目に美しい平行垂木に比べて、扇垂木の方が構造的に強く、合理的であることは、改めて指摘するまでもありません。金剛力士の間に立って上を見上げれば、天井などという構造本体と無関係な装飾はなく、はるか上方に基本構造の一つである大虹梁までが見通せます。

2018年11月26日月曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」4


そしてこの手弱女的美意識が、我が国美意識の基底をなしており、それがほとんどDNAとなっていることについては、すでにマイブログ「饒舌館長」でも重ねて指摘したとおりです。東大寺南大門金剛力士像の型が孤立的であり、ほとんど継承されなかった理由として、やはりこのような様式、あるいは美意識の問題を考えてみたい誘惑に駆られるのです。

すると話はさらに広がります。その金剛力士像を収容するというか、護っているというか、ともかくも東大寺南大門の建築様式が、金剛力士像と軌を一にしているからです。大仏様とか天竺様とか呼ばれる東大寺南大門は、きわめて力強くエネルギーに満ち、堂々と文字通り仁王立ちのように立ち上がって天を摩し、益荒男的迫力をもって感動を呼び起こしてくれます。

2018年11月25日日曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」3


東大寺南大門型金剛力士像の中世にさかのぼる遺品は、京都・万寿寺像や三重・府南寺像程度にすぎないとのことです。また、運慶一門は、歴史上著名な東寺南大門金剛力士像に、我が国で一般的な金剛力士像の型を採用した可能性が高いそうです。つまり、東大寺南大門金剛力士像型は、その後ほとんど継承されなかったのです。

これは実におもしろい事実だと思いました。根立さんは型に注目しましたが、様式的に見た場合も、東大寺南大門金剛力士像はきわめて特殊な像であるといってよいと思います。それは力強くエネルギーに満ち、きわめて合理的な造形によって支えられています。

一言でいって、益荒男的美意識そのものなのです。このような益荒男的美意識は、エレガントで優しく、たとえ若干不合理であったとしても、それを感情によって補いながら観賞する手弱女的美意識の対極に位置するものでした。

2018年11月24日土曜日

鹿島美術財団講演会「グローバル時代の東西」2


そのあと総合討議に移りましたが、最後に高階さんから一言求められた僕は、またまた以下のような独断と偏見をしゃべってしまいました。

根立さんの発表は、平安時代半ば以降の「三国」という世界観の高まりに加え、東大寺再興という特殊の場によってなされた仏教の始原への回帰を目指す動きが、東大寺南大門金剛力士像の特殊な像様や型、配置を生み出したことを実証したものでした。

その特殊性とは、一般的に阿形は向かって右側に、吽形は左側に置かれるのに対し、東大寺南大門では、反対になっている点に求められます。しかも通常は、両者が正面を向いているのにたいし、東大寺南街門では、両者がにらみ合うように配置されているのです。

絶滅写真作家(!?)杉本博司さんの魅力を改めて感じさせてくれる特別展が竹橋で開催中です!!18

    けだもののみち きわめきて いまのひとひととは言えどいまもけだもの     喜怒哀楽いろ ん な話おもしろし醒めては果てん夢のまた夢   アテナイであてもないのに戦 いくさ かなマケドニアには負けられまへん   杉本絶滅写真の集大成ともたたえられるべき特別展です。じつに素...