伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する人もある。
嵐冠十郎が持ち上げているのはイセナデシコじゃ~ありませんが、ネットで調べると、継松栄治は享和3年1803に生まれ、慶応2年1866に没した紀州藩士です。こんな点からも、江戸時代後期にナデシコの栽培が盛んであったことが推測できそうです。
なお2代目中村紫翫が右手にもつ扇子の墨梅図には、文晁の落款が入っています。早くこれを知っていたら、かつてサントリー美術館「谷文晁展」のカタログに書いたエッセー「谷文晁――この絵師何者!? 人気者」にゼッタイ使ったのに!!(´艸`)

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