僕のみるところ、繭山龍泉堂本とMOA美術館本は同じ11世紀でも、前半と後半に分かれるのではないでしょうか。なお、この種の遼陶はもともと中国で皮嚢壷あるいは仿皮嚢壷と呼ばれましたが、上部の取っ手部分が鶏のトサカに似ているため、日本で鶏冠壷と称するようになったそうです。
この「白釉緑彩鶏冠壷」を、たまたま会場で会った林原美術館の谷一尚さんと一緒にながめていたら、同じく遼の「白釉緑彩草花文長頸瓶」(出光美術館蔵)が胸中のディスプレーに映し出されたのです。この長頸瓶は2年まえ、出光美術館で開催された「出光美術館の軌跡 ここから、さきへⅢ 日本・東洋陶磁の精華――コレクションの深まり」に出陳された絶品です。この展覧会を紹介する「饒舌館長ブログ」では、「僕の一点」に選んでオマージュをささげました。
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