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2024年10月10日木曜日

東京都美術館「田中一村展」11

 

九州は鹿児島のはるかかなた、南の海に浮かぶ奄美は、一日中ギラギラした陽光、すべてのものを光と影に二分する直射、目を射るような光芒のシャワーが降り注ぐ島みたいに想像されるからです。しかし実際のところ、そうではありませんでした。朝と夕方、つまり闇から光、光から闇へのあわいには、神と人間が渾然一体となるような微光のたゆたいがあったというのです。一村生来の微光感覚は、それと瞬間的に反応し、より鋭敏になったのではないでしょうか。

誰よりも早く田中一村という天才の不思議な魅力に気づき、それを丹念な調査と聞き書きによって新聞に連載し、一村研究の基礎となる『アダンの画帖 田中一村伝』(島の道社 1986年)を出版したのは、南日本新聞社記者・中野惇夫さんでした。その中野さんに、「一村と琉球文化圏」(『琉球新報』1988年9月9日)という見逃すことができない記事があるそうです。

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