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2024年1月30日火曜日

千葉市美術館「鳥文斎栄之展」13

 

先の吉田映二先生は、「紅嫌い(紫絵)の絵師として最も多い作品をのこし、しかもその創始者は鳥文斎栄之である」と述べています。しかし畏友・浅野秀剛さんは、天明5・6年ごろ、窪俊満や勝川春潮らによって制作され始めたと考えています(『浮世絵大事典』)。さすがの栄之も、パイオニアの栄誉は他に譲らざるをえないようです。

サムライ出身であった鳥文斎栄之に紅嫌いが多いのは、ソンタクのためだったのではないでしょうか。もともと旗本であった栄之に、老中・松平定信に対する過度の推察が強かったとしても、不思議でも何でもありません。

もちろん栄之のライバルで、町人出身であったと思われる喜多川歌麿にも紅嫌いはありますが、その遺品は寥々たるものです。ソンタクも広い意味で寛政の改革の影響だなんていえば、これまた独断と偏見かな(!?)

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