2018年9月12日水曜日

岡田米山人・お酒の詩3


 ここに登場する「東陽君」とは、伊勢津藩の儒官・津阪東陽のことです。一般的に「津坂東陽」と書かれますが、僕が愛用する『近世漢学者伝記著作大事典』では、「津阪東陽」となっています。「蘿月亭」は入矢義高先生も「未詳」とされていますが、文意から考えて、東陽の家か書斎だったのでしょう。

東陽は伊勢に生まれ、はじめは医学を学びましたが、儒学への志止みがたく、京都にのぼって10余年間独学、ついに古学をもって一家をなしました。三千院梶井門跡の門客ともなりましたが、天明の大火にあって郷里に帰り、藤堂家の儒官をつとめました。

真摯率直なる人柄のために、かえって讒言にあい、もっぱら著述に専念することもありましたが、ふたたび命を受けて藩祖創業記『聿修録』[いっしゅうろく]を編纂しました。藩校・有造館が創建されるや、督学兼侍読に任じられました。

米山人ととても仲がよかったことは、この詩からも容易に想像されますが、『東陽先生詩文集』にも「席上贈米山人」と題する七言絶句が収められています。これにも付註が添えられていますので、戯訳と現代語訳で紹介することにしましょう。東陽も人後に落ちぬ酒仙だったようですね。美酒の芳醇なる香りに包まれて、米山人と東陽を中心に繰り広げられる雅会の盛り上がりが、目に浮かぶようじゃーありませんか。


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