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2018年1月4日木曜日

前方後円墳4


その起源意義論は5つに分類されていますが、そのうちの「機能論」に「天円地方祭祀(郊壇)」としてまとめられています。1970年に発表された山尾幸久説に始まり、名古屋大学時代同僚であった加地伸行さんの説を含めて4説がピックアップされています。しかしそのなかに、私見とまったく同じものは見当たりません。

結論を先にいえば、前方後円墳は天圜地方思想の影響を受けて、後円を天、前方を地とする観念のもとに造られたのです。もちろんこれはすでに主張されているところですが、前方は男性を、後円は女性を表象しているとするのが僕の考えです。それは筋骨隆々として角ばった男性と、ふっくらとして円やかな女性の形態と結びついていますし、陰陽思想とまったく無関係でもないでしょう。

じつはこのような陰陽説も古くからあったらしく、もっとも有名なのは、松本清張の陰陽冲和説だそうですが、清張は前方を女性、後円を男性と見なしているようです。僕は逆だと思います。

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