それに併せて日本絵画国際シンポジウムが企画されましたが、これらのコーディネーターが、当時カンサス・ローレンスにあるカンサス大学の美術史学教授であったステファン・アディス先生でした。
そのシンポジウムにアディス先生から招聘された僕は、「俵屋宗達のコンポジションと美術史的意義」と題して、今では考えられないような様式史的発表を行ないました。2回目の海外シンポジウムとはいえ、右も左もよく分からない僕を、先生はとても親切にリードしてくださいました。
それに併せて日本絵画国際シンポジウムが企画されましたが、これらのコーディネーターが、当時カンサス・ローレンスにあるカンサス大学の美術史学教授であったステファン・アディス先生でした。
そのシンポジウムにアディス先生から招聘された僕は、「俵屋宗達のコンポジションと美術史的意義」と題して、今では考えられないような様式史的発表を行ないました。2回目の海外シンポジウムとはいえ、右も左もよく分からない僕を、先生はとても親切にリードしてくださいました。
「饒舌館長」に何度も登場いただいているアメリカ・リッチモンド大学名誉教授のステファン・アディス先生が、5月11日お亡くなりになりました。1935年のお生まれですから、87歳でしょうか。ご逝去を心より悼み、ご冥福を深くお祈り申し上げます。
はじめて先生にお会いしたのは、1981年秋、東京国立文化財研究所で行なわれた国際シンポジウムの席上でした。その2年後の秋、ニューオーリンズ美術館で、カート・ギターさんの日本絵画コレクション特別展「ミリアッド・オブ・オータム・リーブス」――「錦秋万葉」が開催されました。
「饒舌館長」ブログ誕生の裏話や、先日アップした下川裕治さんへのオマージュ・アゲインから、10月1日オープンする静嘉堂文庫美術館・丸の内ギャラリーの宣伝まで、間にトイレタイムをはさんで実に2時間半、遠藤さんと掛け合いというか、当意即妙というか、はたまた丁々発止というか、実に楽しかった!!
饒舌館長は楽しかったけれど、聴講者が楽しかったどうかは保証の限りじゃ~ありません(笑) はじめにマイクテストで「つぐない」をワンフレーズ歌ったのは、翌日の5月8日が憧れてやまないテレサ・テンの祥月命日だからでした(!?)
後期高齢者の身には、はじめに予定された2時間でちょうどよかった感じもしましたが、それだけに後でご馳走になったビールのことのほか旨かったこと!!
遠藤湖舟プロジェクト「より深い<美>の発見 日本橋土曜美術館 未来の筋力<美意識>を鍛える」
5月7日、日本橋の高島屋Loopで第1回「日本橋土曜美術館」が開かれました。すでに何度も登場してもらっている写真家・遠藤湖舟さんが立ち上げたプロジェクトです。企画書には……
これからの時代、個人にあっても、企業や社会においても「美意識」を鍛えなければならないという考えが広まっています。「美術」は楽しく、かつ深いものです。この講座では1970年代から美術を見続けて来た遠藤湖舟がホストとなり、スペシャルゲストとともに美術界を楽しく深掘りします。
この第1回に饒舌館長が呼ばれたというわけで、「琳派研究の第一人者である河野氏から、普段聞けないディープな話を引き出します」とも書かれています。ディープというより、チープな話になっちゃったかな(笑)
しかし河島英五の名曲みたいな唐寅じゃ~、いくらなんでも申し訳ありません。吉川幸次郎先生が『<中国詩人撰集>元明詩概説』に選んだ七言絶句を最後に紹介しましょう。『唐寅集』で調べると、七言絶句8首連作のなかの1首でした。
前書きによると、1518年4月中旬、風雨が10日間続いて食べ物も尽きかけ、仕方がないので唐寅は筆硯をもてあそんで、ひっそりとお坊さんのような日々を過ごしました。
そのとき作った絶句8首を孫思和に贈ったのですが、そのうちの1首のようです。孫思和については、ネットで検索しても出てきませんでしたが、きっと唐寅の飲み友達だったのでしょう。
ヤジ「やっぱりオチは河島英五になっちゃってるじゃないか‼」
唐寅「酒を進める歌」
俺は毎日黄金の このサカズキが手放せず
どうぞ君たち聴いてくれ 酒をすすめるこの歌を
若い時こそ人生を 楽しむべきだ!! 人間は
ものさみしくも年老いて この空虚さをいかんせん
つやつやした顔 色あせて ふたたびもとに戻りゃせぬ
白髪頭しらがあたまで飲んだとて 心に穴が開いたよう
昨日も今日の朝さえも 過ぎてしまえば夢の夢
満開の春 秋の月 どうして待ってくれようか?
秋美しき洞庭湖 酒がなければただの池
蘇州美人は十五歳 微笑んでいる高級バー
翠みどりのかんざし首飾り 着飾ってるのは誰がため
「お金は持っているんでしょ!?」 客に呼びかけ誘ってる
豪華な楼閣並んでる 煉瓦の道の両側に
光と風が屋根の上 いつも輝き流れてる
扇子かざして歌う声 聞こえてきます なまめいて
酒樽を背に舞う姿 いよいよもって軽やかに
情趣纏綿 得も言えず 舞ってる姿 歌う声
なまめく痴態 酔客の 求めに応えりゃ盛り上がる
着物を質に入れてなお 惜しまず杯はいを重ねれば
日は落ち月が昇っても まさに不夜城 夜は明けず
梁の劉生 任侠に 生きて落ちぶれ鋤すきで田を……
千日間酔い続けても 非難さるべきことじゃない――君もそうだと思うだろう
晋の畢卓ひったく放胆に 生きアル中になってなお
両手に肴とサカズキを 掲げて飲んだが何故わるい?――君もそうだと思うだろう
君に勧めん 飲むならば 李白みたいに百斗飲め!!
しかし飲んでもあんな詩が 我らにできるはずもない
しょせん昔の天才を うらやむなんて愚の骨頂
よし有名になったとて 酒にしくものありやせぬ
さらに「逢へらくは玉の緒しけや恋ふらくは富士の高嶺に降る雪なすも」というバージョンもあるそうです。つまり「あの子と逢う間の短さは玉の緒ほどにも及ばないのに、別れて恋しいことは、富士の高嶺に降る雪のように絶え間ないよ」となりますが、これじゃ~本展示とまったく関係なき一首になってしま...