平凡な非凡人である画伯が、いつのころかすぐれた画家にそなわっていなければならない精神は、近代的自我であると悟ったように思われてなりません。近代的自我をもった画家こそが、理想の画家なのだという自覚です。これは画伯の作品から感じとった僕の個人的直感であり、言葉で説明することはむずかしいのですが、画伯の才能を早くに発見した横山大観と比べてみるとおもしろいと思います。
横山大観が近代的自我意識の強い画家であったことは、改めて指摘するまでもありませんが、大観の場合は生来の個性であり、先天的な性格でした。しかし平凡な非凡人である画伯における近代的自我は、画家の理想として自覚された精神であり、後天的であったように思われるのです。意識と無意識のちがいであったといってもよいでしょう。

0 件のコメント:
コメントを投稿