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2026年10月5日月曜日

東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」9

 


私は2025年6月から日課として膨大な談山神社古文書のチェックを始めた。 ひと月ばかりたった頃、学頭の日誌を見ていて胸が高鳴った。 頻出する「花鳥之間」「富士之間」の記事。 竹林坊学頭屋敷のこれらの部屋に社僧たちが一堂に揃い、盛んに行事を営んでいたのである。 天保4年(1833)7月3日の条では間取り図を掲載、 儀式の際に学頭や幹部らの座る位置が図示される。 桃山末の襖絵は幕末まで確かに用いられていたのだった。(略)


明治2年(1869)、神仏分離令により多武峰妙楽寺は廃されて多武峰談山神社と改称。 やがて竹林坊棄却、 障壁画も売却された。 50年後の大正11年(1922) 詩夢庵襖絵群は、東京での入札を経て青森へ。 


その10年後の昭和6、7年 (1931 1932) 頃、 土居次義氏 が《秋冬花鳥図》《琴棋書画仙人図》 両面襖の状態で、 京都市内で調査。ほどなく表裏が分離され、1937年に大英博物館が 《秋冬花鳥図襖》を購入、戦後の1951年にシアトル美術館が《琴棋書画仙人図襖》を購入したのであった。

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東京都美術館「大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱 海を越えた江戸絵画」9

  私は2025年6月から日課として膨大な談山神社古文書のチェックを始めた。 ひと月ばかりたった頃、学頭の日誌を見ていて胸が高鳴った。 頻出する「花鳥之間」「富士之間」の記事。 竹林坊学頭屋敷のこれらの部屋に社僧たちが一堂に揃い、盛んに行事を営んでいたのである。 天保4年(183...