大正11年1922画伯は朋友・小林古径とともに日本美術院留学生として渡欧、大英博物館では東晋の画家・顧愷之の「女史箴図巻」の模写を行ないました。このプロジェクトを推進したのは福井利吉郎先生だったようで、先生が教授をつとめていた東北大学にこの二大画家による模写本が伝えられてきました。
しかし各図に署名がないため、どの図を画伯が、どの図を古径さんが担当して描いたのかまったく分かりません。そこで東北大学に着任して間もなくの辻惟雄さんが、画伯に実見のうえ両者をはっきり分けていただこうと考えたのです。
大正11年1922画伯は朋友・小林古径とともに日本美術院留学生として渡欧、大英博物館では東晋の画家・顧愷之の「女史箴図巻」の模写を行ないました。このプロジェクトを推進したのは福井利吉郎先生だったようで、先生が教授をつとめていた東北大学にこの二大画家による模写本が伝えられてきました。
しかし各図に署名がないため、どの図を画伯が、どの図を古径さんが担当して描いたのかまったく分かりません。そこで東北大学に着任して間もなくの辻惟雄さんが、画伯に実見のうえ両者をはっきり分けていただこうと考えたのです。
美味しいお斎 とき を堪能したあと、画伯がお住まいだった円覚寺の伝宗 庵 でんしゅうあん へお参りしました。 お薬師様 の彫像 に守られるアトリエに入れていただくと、画伯がお元気だったころ 多くの方々と 一緒に お邪魔したときの情景が、昨日のことのごとくよみがえってきました。...
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