ところが、澁澤栄一が数え92歳の天寿をまっとうして没したのは昭和6年1931のことなんです。単行本『旧聞日本橋』が出版されたのは、澁澤栄一が亡くなってから4年もあとのことだったのです。しかし栄一が活躍した時代を暗示するため、澁澤青さんは『旧聞日本橋』をあえて描き入れたのではないでしょうか。描かれた栄一は4、50代にみえます。その時代こそ『旧聞日本橋』のライトモチーフなのですから……。
もっとも絵のタイトルは「行く道と、来た道」であり、「澁澤栄一像」ではないのですから、こんな詮索など所詮ナンセンスかもしれません。それはそれとして、像主に対する画家の深い思いが秘められていることは疑いありません。これこそ「僕の一点」に選んだ理由なのです。断っておきますが、けっして一万円札のアイコンだからじゃありませんよ(´艸`)

0 件のコメント:
コメントを投稿