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2025年7月17日木曜日

太田記念美術館「鰭崎英朋」17

そうなれば挿絵画家は――あくまで挿絵画家ですから挿絵を描く必要も、目的もなくなってしまいます。たとえ描いたとしても、発表の場はなかったでしょう。おそらく英朋も、このような挿絵画家の宿命に抗することは不可能だったと思います。

ところが展覧会画家――このような言葉があるかどうか知りませんが――の場合、大衆の人気とはほとんど無関係です。展覧会画家にも人気作家と不人気作家――これまたこんな言葉はないでしょうが――がいますが、たとえ不人気作家でも展覧会に出品し続ければよいのです。そうすれば死ぬまで創作を続けたことになり、年譜も空欄なく埋まるでしょう。

このような大衆の人気を最大のアテにした、あるいはアテにしなければならなかった点でも、英朋は日野原健司さんが指摘するように「最後の浮世絵師」でした。かの東洲斎写楽も寛政8(1796)以後、寡作に、いや、無作になりましたよね。もし写楽が斎藤十郎兵衛だったとすれば、文政3(1820)まで生きていたはずなのに!!

 

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  荻生徂徠「楽寿君侯の早春の高作 落梅花を賦す に 和し奉る」  花咲く梅の古き木の 東の宴席 曲水に  浮かぶ杯 美酒たたえ たけなわの春  映したり  風に花びらヒラヒラと 散るさまにふと興 覚 ゆ  一体いずこの笛の音に 誘われ飛んでゆくのやら