またカタログ解説によると、この形の壷はよくお酒を入れていたことから、酒会壷とも称されるそうです。今なら飲み会壷かな(笑) ところが、絵画資料からはお茶を入れていた可能性も考えられるし、韓国では舎利器をともなって出土しているそうです。つまりこの場合は、祭器ということになります。
いろいろな使用可能性が推定されるわけですが、本来はお酒用だったにちがいありません。酒会壷と呼ばれていたわけですから、改めて言うまでもないことですが、ここでまた私見を一つご披露しましょう。
野口さんは出典として 拙著 『日本美術絵画全集17 尾形光琳』(集英社)をあげているので、 早速 書架から引っ張り出してくると 、 確かにそんな風なことを書いているじゃ~ありませんか。ほとんど忘れていたのに……。 また野口さん が 『琳派絵画全集 光琳派一 』のマイ緒言...
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