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2022年9月10日土曜日

与謝野晶子私論6

 

一方、『千すじの黒髪 わが愛の与謝野晶子』(文藝春秋 1972年)を著わした田辺聖子さんは、『みだれ髪』以後もたえず流動し、変貌し、おとろえをしらない晶子短歌を高く評価しています。もちろん、お聖さんファンの饒舌館長としてはこれに1票を投じます。日夏耿之介はすぐれた批評家でしたが、「なしくづし」は勇み足でしたね。饒舌館長もときどき犯すナイモノネダリというヤツかもしれません。

 これに先立つ明治32年、鉄幹は恋愛関係にあった浅田信子さだこと別れると、ソク徳山女学校の教え子・林瀧野と結婚、男の子・萃あつむをもうけました。しかし34年には瀧野と別れて、これまたソク晶子を迎え入れました。晶子は家族と故郷を捨てて、鉄幹のもとへ走ったのです。


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