徐寅「新月」
雲居の際[きわ]にあでやかに 出たかと思うとまた隠れ
腸 断つ思いで美しき 女[おみな]が西を拝んでる
姮娥[こうが]一人が眉墨[まゆずみ]を 先ず掃くことを許されて
三人もいる織姫の 曇った鏡は磨かれず
玉のすだれが吊り鉤[かぎ]で 靄[もや]暗いなか掛けてあり
青い大空 白龍が 鋭い爪あと残してる
あと十五日待ってれば 円[まる]く明るい満月が
龍と天下を照らすだろう 黄砂で空が暗くても……
「画禅入三昧」は「画禅三昧に入る」とも「画禅三昧に入れ」とも読めますが、後者であったと思います。この教えによって、近代的自我 は目指すべき理想から、画に没頭して雑念を離れれば、おのずと獲得される三昧の境地に昇華したのではないでしょうか? 30代半ばにして画伯がスランプに陥り...
0 件のコメント:
コメントを投稿