こういう場合、監修者というのは独断と偏見で、自分が書きたい章をまず決めてしまうことが許されています(!?) それまで辻惟雄さんが創出した「奇想の画家」については、あまり概説をやったことがなかったので、ぜひ書きたいと思い、みんなと相談することもなく最初に僕が取っちゃったんです。
しかし奇想派の概説については、簡にして要を得た名論卓説がたくさん発表されていました。それを繰り返してもおもしろくないので、辻惟雄さんの『奇想の系譜』に的をしぼることにしたのです。
「画禅入三昧」は「画禅三昧に入る」とも「画禅三昧に入れ」とも読めますが、後者であったと思います。この教えによって、近代的自我 は目指すべき理想から、画に没頭して雑念を離れれば、おのずと獲得される三昧の境地に昇華したのではないでしょうか? 30代半ばにして画伯がスランプに陥り...
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