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2020年11月25日水曜日

『國華』1500号❣❣❣11

 


文君慚婉娩  文君は婉娩に慚じ

神女譲娉婷  神女も娉婷に譲[へりくだ]る

爛熳紅兼紫  爛熳として紅く紫を兼ね

飄香入繍扃  飄香は繍扃[しゅうけい]に入る

確かに戯訳より読み下しの方が格調にすぐれますが、意味は戯訳の方が取りやすいと思います。もちろん普通に漢文学者が行なう現代語訳も悪くありませんが、チョット味気ない感じがします。基本的に戯訳は七五調や和歌調になっていますから、七言や五言の漢詩とリズムと言う点で、通い合うものがありますし、意味がよく取れるという点では、現代語訳と遜色ないのではないでしょうか?

それはともかく、僕にとってネットはもう完全に必須のツールですね――最初はあんなに馬鹿にしていたのに(笑)

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