孔子にしたがえば、詩はとても実用主義的であるのに対し、紀貫之によるところ、和歌は心に感じさせたり癒しになったりする程度で、これといった目的がないんです。もっとも、ナンパするときには役立つといっていますが……(笑)
ここからソク日中の国民性に進むことは危険ですが、『古今和歌集』序に鶯と並べてあげられるほどの河鹿から、「虫めづる日本の人々」を考えることは許されてよいでしょう。コンテクストがちょっと異なりますが、『論語』では「鳥獣」が重視され、「虫魚」は看過されているような感じがします。
小川 環樹 先生は、 かの大部なる 『文選』 であっても通読せよというのですか ら、『中国文学歳時記』 賛酒詩だけ のつまみ食い なんていうのは、問題外の外なの でしょう。しかし『文選』にしろ『中国文学歳時記』にしろ、そもそも「つまみ食い本」なんですから、コチトラもつまみ食...
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