この孔子による『詩経』解釈は間違っているんじゃないかなと思いますが、チョット僭越ですから、孔子がこういう考えにしたがって古詩を収集編纂したにすぎないのだ――と言い換えることにしましょう。これでも僭越かな(笑)
それはともかく、この詩に対する考え方は、先の『古今和歌集』序にみる和歌観と、何と異なっていることでしょうか。詩と和歌という同じ短詩文学であるにもかかわらず、天地ほどに違っているといっても過言じゃ~ありません。
かくして「詩哥写真鏡」の「清少納言」と「在原業平」は「恋」で結びつく ことになります 。 「清少納言」は函谷関の景として描かれていますから、やはり日中のペア と見なすことができるでしょう 。 葛飾 北斎の「詩哥写真鏡」 10 図 は 、 日中 主題 の5ペアというすぐれた構想のも...
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