孔子にしたがえば、詩はとても実用主義的であるのに対し、紀貫之によるところ、和歌は心に感じさせたり癒しになったりする程度で、これといった目的がないんです。もっとも、ナンパするときには役立つといっていますが……(笑)
ここからソク日中の国民性に進むことは危険ですが、『古今和歌集』序に鶯と並べてあげられるほどの河鹿から、「虫めづる日本の人々」を考えることは許されてよいでしょう。コンテクストがちょっと異なりますが、『論語』では「鳥獣」が重視され、「虫魚」は看過されているような感じがします。
コシマキに「インド・チベット調査の体験を踏まえ、現代人の見失ったコスモスをマンダラの中に捉え直し、密教の真髄を解明する」とあるとおりです。密教の真髄を解明した名著だと思います。 松長 氏 は第3章「真理の表現」のなかで、つぎのように指摘しています。 人間の感覚器官には五種ある...
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