明治28年(1895)4月から7月にかけ、京都の岡崎で第4回内国勧業博覧会が開催されました。これにあわせて、東京と京都を代表する日本画家に屏風を揮毫してもらい、競演を楽しもうという企画が立ち上がりました。
その経済的後援者になったのが岩﨑彌之助でした。今でいえばスポンサーですが、むしろ古めかしい「施主」という言葉を使いたい誘惑に駆られます。このビッグプロジェクトに対する深い共感が彌之助にあったことは、改めて指摘するまでもありません。東京の画家は、彌之助がみずから選定したというんですから……。
大英博物館は、日本の美術工芸品と考古遺物の広範かつ包括的な収蔵品で世界に知られ、ヨーロッパでは最も充実しており、日本国外でも特に重要なもののひとつとみなされています。日本に由来する品は、当館の礎である1753年設立時点の収蔵品にも含まれていましたが、 数百年のうちに各種分野に...
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