明治28年(1895)4月から7月にかけ、京都の岡崎で第4回内国勧業博覧会が開催されました。これにあわせて、東京と京都を代表する日本画家に屏風を揮毫してもらい、競演を楽しもうという企画が立ち上がりました。
その経済的後援者になったのが岩﨑彌之助でした。今でいえばスポンサーですが、むしろ古めかしい「施主」という言葉を使いたい誘惑に駆られます。このビッグプロジェクトに対する深い共感が彌之助にあったことは、改めて指摘するまでもありません。東京の画家は、彌之助がみずから選定したというんですから……。
本展は弘法大師ご生誕一二五〇年を慶祝し記念して開催されます。 弘法大師空海は日本に密教を伝えた真言宗の祖師としてだけでなくこの国の文化、芸術、土木、食物等に大きな影響を与え、現代社会の今に至るまで深く浸透して生き続けております。「大師は弘法にとられ、太閤は秀吉にとられる」との...
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