僕は「このような傑作が海を渡ってしまうことを、少し残念に思う気持がまったくなかったわけではないけれども、自己の美意識にのみ忠実に収集を続けるジョウ・プライス氏に末永く愛されることになったこの屏風は、ふたたび幸せな環境に戻ったというべきであろう」と書き出しています。
しかしそれがふたたび里帰りし、しかも永住の地・出光美術館に収められたわけですから、僕の少し残念に思う気持が天に通じたにちがいありません(笑)
僕のみるところ、 繭山龍泉堂本とMOA美術館本は 同じ11世紀でも 、 前半と後半に分かれるのではないでしょうか。 なお、この種の遼陶は もともと 中国で 皮嚢壷あるいは仿皮嚢壷と呼ばれ ましたが、上部の取 っ 手部分が鶏 のトサカ に似 ている ため、日本で鶏冠壷と称 す...
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