とはいえ興味深いのは、斎藤月岑が編集した『武江年表』の記事です。弘化4年の条をみると、「3月3日より、西新井弘法大師開帳」と書いてあるじゃ~ありませんか。もともとは大絵馬であったとも推定されている「弘法大師修法図」も、このとき広くお披露目されたのではないかといった想像もわいてきます。
弘法大師が大きな経巻を捧げ持ちながら、左側から襲いかかろうとする痘瘡の大きな赤鬼を調伏しようとしています。しかしなぜここに、右側の木にまとわりつくような犬が登場するのでしょうか?
私は2025年6月から日課として膨大な談山神社古文書のチェックを始めた。 ひと月ばかりたった頃、学頭の日誌を見ていて胸が高鳴った。 頻出する「花鳥之間」「富士之間」の記事。 竹林坊学頭屋敷のこれらの部屋に社僧たちが一堂に揃い、盛んに行事を営んでいたのである。 天保4年(183...
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