2020年11月2日月曜日

東京国立博物館「桃山」12

  もう一つ、式部輝忠研究上きわめて重要な資料を紹介しておきましょう。かつて辻惟雄さんの科学研究費で調査した東京国立博物館所蔵狩野家模本のなかに、この屏風のコピーがありました。模本番号1046/1309という1枚で、裏面に「熊狩之図 屏風 元信画 毛利元徳蔵 鶴沢守保摸」と書かれた紙が貼ってあったんです。

鶴沢守保なる画家について詳しいことは分かりませんが、幕末明治期に活躍した画家らしく、東博狩野家模本には彼による模本がたくさん含まれています。毛利元徳は長州藩14代、最後の藩主でした。

この鶴沢守保の模本により、式部輝忠の傑作「韃靼人狩猟図屏風」が、少なくとも幕末明治期には、狩野元信の作品として毛利家に伝わっていたことが明らかになるのです。

ヤジ「そんなモンが、式部輝忠研究上きわめて重要な資料といえるのか!!

  今日11月2日は香川景樹門下の歌人・木下幸文[たかぶみ]の祥月命日です。森銑三先生著『偉人暦』のこの日の条を、例のごとく朝食後某所で読んでいると、文中に幸文が誠拙和尚に就いて禅を学んだとあるので驚きました。明け方、『國華』円覚寺特輯号Ⅱに載せる原在中筆「泊船庵図」の拙稿を書き終え、編輯部にメールで送ったところでしたが、この作品は誠拙和尚の求めに応じて、冷泉為恭「ためやす」が賛を寄せたものだったからです。何たるシンクロニシティ!!


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