しかしそれは、国芳の武者絵に限らない。美人画もまったく同様だ。このジャンルにおけるマニエラは喜多川歌麿だった。とくに二枚続きの「台所四美人」が、重要なイメージソースとなっていることが、井上和雄・鈴木重三両氏によって指摘されている。
たとえば国芳の大首絵シリーズ「山海愛度図会」の「けむったい・丹波赤かゐる」もその一つだが、国芳の想像力によって何とマニエリスム化されていることだろうか。これを写実化とか庶民化などと見てはならない。私見によれば、歌麿の「婦人相学十岱躰」や「歌撰恋之部」もマニエラになったふしが強いが、国芳は勝手に振り返るポーズに変えて、マニエリスム化してしまう。
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