長い間、黒田は古典主義と印象派を折衷した外光派アカデミズムを我が国へもたらした画家であり、その決定的要因として、ラファエル・コランとの偶然ともいうべき邂逅があげられてきた。これに対して高階秀爾氏は、まったく新しい黒田像を描き出した。黒田の意図した西欧的構想画は、日本の精神的風土ゆえ、ついに根づかなかったというのである。
それを認めた上でなお、私は黒田の折衷的な外光派アカデミズムやスケッチ画を積極的に評価したい誘惑に駆られる。それこそ東洋的写実主義であり、日本的洋画だと考えるからである。
荻生徂徠「孤山 梅花を丐う。雨を冒して一枝を折り之に畀うに、詩有りて謝せらる。和答成るに比び、却って桃花の盛んに開くに値う(2) 」 梅 散り桃が咲き始め たちまち一新される花 小さな庭に清らかな 香りの絶えない今は春 なぜか近ごろ我がままな 生活態度がひどくなり ...
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