2017年4月5日水曜日

五山文学の春2


そこで、手もとにある『五山文学集』でお茶を濁すことにしたわけなのですが、読み始めたところ、実におもしろい文学世界がそこに広がっていることに、初めて気づかされました。

『五山文学集』には、絶海中津をはじめとする五山僧9人の代表的詩集が取り上げられています。そのうち、一つの詩集がまるまる全部収められているのは絶海中津の『蕉堅藁[しょうけんこう]』のみで、あとの8人はみな抄録となっています。

絶海中津(ぜっかいちゅうしん)は土佐の人、上京して天龍寺の夢窓疎石のお付きとなり、その高弟・春屋妙葩に法を問いました。応安元年(1368)、33歳で明に留学し、中天竺寺の季潭全室に薫陶を受けました。8年間をその地で過ごしたあと帰国、足利義満とその子義持から深く愛され、京都・等持院から相国寺第六世の住持になりました。

詩文集に先の『蕉堅藁』があり、その人柄の温雅さと、内典および外典にわたる広い教養によって、多くの門弟を教え育んだそうです。以上は、入矢先生の『五山文学集』解説によるところです。

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