そのころ日本の禅僧がたくさん元に渡りましたし、長くかの地に留まり、中国文化を持ち帰った場合も大変多いのです。 流行する題画詩も彼らによって日本へもたらされた可能性が高いという指摘は、正鵠を射るものです。(略)
このような島田修二郎先生の名論文を読むと、詩画軸こそ詩画一致ではなく、詩画補完であったことが分かります。しかも日本絵画史における、詩画補完のパイオニアであったことに思い至ります。
「僕の一点」はその詩画軸、しかも重要文化財に指定されている名品「江天遠意図」ですね。細長い画面の下の方に山水が描かれていますが、その何倍もの面積を占めているのが、山水画の上方に書かれた大岳周崇ほか11人の禅僧による詩賛です。もちろん「江天遠意図」は先の『禅林画賛 中世水墨画を読む』に収録されていて、賛詩のすべてが翻刻され現代語訳が添えられています。
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