140万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2022年4月3日日曜日

月岡芳年「大日本名将鑑」13

 

チョット意地の悪い見方をすれば、歴史画の必要性というと聞こえはよいのですが、つまり西欧を理想として、追いつき追い越せという焦燥であったということになります。

しかし実際は、上流階級や開明的知識人も、一般庶民と同じで、江戸のDNAを濃厚に宿していたのでした。だからこそ夏目漱石は、「新しい(西洋の)波が寄せる度に自分がその中で食客いそうろうをして気兼ねをしているような気持になる」といったのでしょう。

ひるがえって考えてみると、そもそも近代日本には歴史画など存在しなかったと言った方が正しいように思います。もちろん西欧的歴史画という意味ですが、日本にはニコラ・プーサンも、ジャック・ルイ・ダヴィッドも、アントワーヌ=ジャン・グロも生まれませんでした。

0 件のコメント:

コメントを投稿

江戸東京博物館「江戸博×出光コレクション初共演 浮世へのいざない」6

   伊勢地方では、昔松阪町殿町に住んでいた徳川紀州藩士、継松栄治がカワラナデシコ(カラナデシコの誤り?)を栽培していたところ、偶然花弁の長い変種が発現した。これを改良したのが伊勢撫子のはじめと主張する 人 もある。  嵐冠十郎が持ち上げているのは イセナデシコ じゃ ~ ありま...