多くの匠[たくみ]や農民が ともに残留したために
今に至るも日本の 器物工芸みな精巧
唐の時代にゃみつぎもの 持ってしばしばやってきた
地位ある人はほとんどが 詩も文章も巧みなり
徐福が日本へ行ったのは 焚書坑儒の少し前
だから本場にゃない『書経』 百篇そろって遺るはず
こちらじゃ所持さえ厳禁で 伝えることも許されず
ゆえに蝌蚪文字[かともじ]読める人 一人もおらず中国に
孔子が編んだ聖典を 持っているのは異民族
♫海は広いな 大きいな♫ その港にも近づけぬ
それを思うと胸痛み 涙こぼれる ひとりでに
錆びちゃう短刀――そんなもん 比べられるか!! 聖典と
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