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2019年10月6日日曜日

東京ステーションギャラリー「岸田劉生展」5


それまで劉生がモチーフに選んでいた人物も風景も静物も、すべて客観的対象でした。言ってみれば、それは「外なる美」だったのです。しかし麗子は、劉生の分身であり、主観的対象だったのです。愛する妻・蓁の胎内から生まれた「内なる美」だったといってもよいでしょう。

『劉生全集』に目を通すと、劉生が早くから「内なる美」という美的哲学をもっていたことが想像されます。しかし麗子が誕生したとき、それは具体的対象を得て、具体化され始めたのです。

やがて実際に麗子を描くようになると、その美的哲学は少しずつ凝固していき、「麗子五歳之像」が完成したときには、もう絶対疑うことができない哲学的命題へ変ったように思われます。それが2年後、『劉生画集及芸術観』において文字化されることになったのではないでしょうか。これが僕の考える「内なる美」のクロノロジーです。

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