人情と責任感と二つのもつれに私も苦しんだ。その結果、窮余の一策、やむなくばこれ以後の字母は誰かお弟子中のすぐれた人に書かせて下さいと申し入れたが、石井さんはがんとしてきかない。
自分が引き受けたのだから自分でやると、ついに最後まで人手には任さなかった。多分病を押してのことも多かったであろう。私はその時、その責任感の深さと友情の厚さに深く感激した。おかげによって大漢和辞典は整斉にして雅味ある石井式の細明朝体の文字をもって内容を飾ることができたのである。
ただし上江洲さんは、猫を単体で図像化し「神猫図」と称し 伝え来た 理由は、今後の課題であると述べています。まだ不明のようですから、断定は差し控えるべきかもしれませんが、 暁斎 により描かれた のが 、 神猫の イメージを身にまとう猫であったことは間違いないと思います。...
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