100万アクセスを突破しました❣❣❣皆さんありがとうございました❣❣❣

2019年3月19日火曜日

國華特輯号「屏風絵新考」4


安土桃山時代、我が国へやってきたイエズス会宣教師は、屏風を「ビオンボ」と呼んでオマージュを捧げたが、それは今もポルトガル語やスペイン語のなかに生きている。

ガスパル・ビレラが故国のパードレたちに宛てた手紙は、京都・本圀寺で見た四季花鳥図屏風に強い興味を示しつつ、その詳細を伝えている。あるいは、ルイス・フロイスの『日欧文化比較』にも、「われわれの部屋は綴織の壁布[タベサリア]、ゴドメシス、フランドルの布で飾られる。日本のは鍍金または黒い墨で画かれた紙の屏風beobusでかざられる」という、とても印象深い比較がある。

それから三百年ほど経って、ヨーロッパにジャポニスムの嵐が巻き起こったとき、エドゥアール・マネは「エミール・ゾラの肖像」に日本の屏風を重要なモチーフとして描きこんだのだった。

0 件のコメント:

コメントを投稿

カエルも骸骨も踊り出す サントリー美術館・暁斎ワールドの迷宮へようこそ❣❣❣9

      ただし上江洲さんは、猫を単体で図像化し「神猫図」と称し 伝え来た 理由は、今後の課題であると述べています。まだ不明のようですから、断定は差し控えるべきかもしれませんが、 暁斎 により描かれた のが 、 神猫の イメージを身にまとう猫であったことは間違いないと思います。...