C勅使河原純『菱田春草とその時代』(六芸書房 1982)
そこへ提出されたのが、春草の「寡婦と孤児」であったのだ。少なからず世を憚る、戦争批判の臭いをもったこの作品に対して、岡倉校長は躊躇なく優等第一席の評価を下した。いわゆる戦争画、それも血の流れている場面などを特に喜んだといわれる一般の趣味とは、およそ対照的な態度である。岡倉は決して戦争画を認めず、弟子達にも描くことを許さなかった。この点で彼の立場は一貫し、生涯決して揺れることはなかった。
そして このたび吉田恵理さんが軸木の「元禄六年 酉ノ三月廿九日 」という決定的証拠を発見 、 この 特別展 開催を決定的に したのです 。 師宣が没したのは元禄 7年6月4日ですから、確かに師宣在世中の制作であり、元禄5年から6年にかけて描かれたのでしょう。そう思って見れば見...
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