華族という身分をもち、美術学校の教授、美術関係者として重きをなしていく黒田清輝は、この風土に掉さして、日本の洋画の指導者として君臨することになる。黒田は地位や身分を利用して、改革のある部分を成就させたかに見える。だが彼は「古い芸術」と闘った、印象派の精神も行動も理解してはいなかった。日本の近代絵画の祖、日本の印象派と言われる黒田は、ただ明るい色彩を齎しただけだったのではないだろうか。
展覧会タイトルの「絶滅写真」は、杉本さんが愛して止まない銀塩写真が、いまや絶滅の危機に瀕している技法であるところから名づけられました。展覧会趣旨にあるとおりですが、さらにさまざまな意味を読み込みたい誘惑に駆られます。 銀塩写真が絶滅危惧種であることは事実ですが、写真その...
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