「快」が主観的であることと、「美」はどの程度の差があるものでしょうか。むしろ「美」も「快」と同じく主観的であると言い切ってしまった方がよいのではないでしょうか。
ヤジ「そんなことを言い出したら、人文科学と称して美術史なんかやってるオマエが墓穴を掘ることになるんだぞ!!」
それはともかく、小山先生は奈良三彩のことを正倉院三彩と呼んでいらっしゃいますが、ここにも小山美学が映っているように思われます。最後に先生の文章から、現代の仮名遣いに改めつつ一節を引いておきましょう。
それが出現したのです 。 すぐにも飛んで行きたかったのですが、ちょうど 外国 出張などが重なって忙しく、そのままにしてしまいました。仕事が一段落して 古美術商の方に連絡したとき、 この始興双幅は もうお嫁に行ったあとでした。 ところが 2009 年 8 月 24 日、 この傑...
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