2020年6月30日火曜日

静嘉堂「美の競演」3



毎度お馴染みの館長おしゃべりトークは、先の基本的コンセプトを取り入れ、「競演対決ハーモニー 日本東洋絵画の美 饒舌館長口演す」と銘打つことにいたしました。これも安全を考えて、50人までとさせていただき、718日(土)と919日(土)の2回開催することにいたしました。
でもオススメは、もと静嘉堂の学芸員で、現在は武蔵野美術大学で教鞭をとる玉蟲敏子さんの講演「静嘉堂の琳派とやまと絵――発見の日々から現在へ――」で、95日(土)、午前と午後の2回行なわれます。どうみても、こっちの方が人気を集めそうです。
だからこそ、僕の口演は整理券方式ですが、玉蟲さんの講演は往復はがきによる申し込み方式なんです。朋友Yさんには、「今度は玉蟲先生にヤキモチを焼いているみたいだな」なんて言われそうですが()

2020年6月29日月曜日

静嘉堂「美の競演」2



「岩崎家邸宅を飾った美術品」「茶道具」「東アジアの山水画」「信仰の造形」など8つの章に分け、それぞれの競演を通して視覚的悦楽を体験していただこうという、とても刺激的な構成になっています。学芸員の長谷川さんを中心とするすばらしいコーディネーションです。
例えば、「同一モチーフの競演――中国と日本、師と弟子など」では、沈南蘋の「老圃秋容図」と珍しい原在明の「朝顔に双猫図」が並んでいて、日中のネコ競演あるいは対決になっています。
これは美術史的観点から選ばれたものであって、猫ブームを当て込んだわけでも、ネコ好き館長が権力を行使したわけでもありません() もちろんこちらのコンセプトなんか無視して、あなたのお好きな作品を、みずからの美意識にしたがって自由に堪能していただくことも大歓迎です。
そのためにも、いま最も多くの方々のハートをとらえて離さない、国宝中の国宝ともいうべき「曜変天目」に、急遽出演を命じたという次第です。

2020年6月28日日曜日

静嘉堂「美の競演」1



静嘉堂文庫美術館「美の競演――静嘉堂の名宝」<922日まで>
 いよいよ「美の競演――静嘉堂の名宝」展が昨日オープンとなりました。先日アップしましたように、コロナ禍のため「江戸のエナジー」展が延期となってしまいましたので、お客様をお迎えするのは3ヶ月ぶりというわけです。じつは、これまたアップした「三菱の至宝展」と姉妹展という感じで準備していたのですが、姉の方が来年に延期となったため、妹の方にスポットライトが集まり、前評判も上々のようでした。
しかし何といっても時期が時期だけに、果たしてどれくらいの方がいらしてくださるものか、内心はヒヤヒヤでした。ところが蓋を開けてみると、予想を超えてたくさんの方にご来館いただきました。もちろん、検温や手のアルコール消毒、お持ちでない方へのマスク・サービスなどの安全対策のほか、ギャラリーへは70人までに制限させていただいております。

2020年6月27日土曜日

美術館の未来を担う女性たち6



バブルの頃に美術館が増えましたから。この25年で、美術館業界で働く女性も増え、今や女性だらけです。正職員は半分以上、非常勤はほぼ女性。でもそれはいいことばかりではなく、特に非常勤の場合、給料が安くても、実家暮らしで腰かけならいいだろうと見なされて女性が多くなっている。
それにも関わらず、女性館長が少ないというのは、やはり男女差別があるからかもしれませんが、近い将来、美術館業界は現在とまったく反対の状況になり、すべて女性がリードする世界となっているにちがいありません。そしてこの雑誌で、あるいはほかの雑誌かもしれませんが、「美術館の未来を担う男性たちMUSEUMS CAN BE」という特集が組まれることになるでしょう(!?)

2020年6月26日金曜日

美術館の未来を担う女性たち5



少子高齢化社会となり、これからいよいよ人口が減少していく日本において、女性に力を発揮してもらうことは絶対必要です。いや、必要も何も、女性がそうしなければ、わが国は立ち行かなくなるでしょう。好むと好まざるとによらず、必ず男女差別なき社会へ突き進んでゆくはずです。そのリード役を果たすのは、美術であり、美術家であり、美術館であることでしょう。
美術館はともかく、美術家においては、すでに男女差別などなくなっているように思われます。もっとも、女性アーティストに訊けば、やはりガラスの天井が厳として存在すると答える方もいらっしゃるかもしれませんが……。もっとも、美術館でも女性が増えてきており、蔵屋さんはつぎのように語っています。

2020年6月25日木曜日

美術館の未来を担う女性たち4



蔵屋さん――「女性に限らず、現場をつくってきた学芸員が館長に登用されるようになったのは重要だと思います」という発言に対して――私はただ学芸員がなればいいとも思いません。美術の知識だけで組織運営の知識がないと、方向を間違えかねない。美術に対する敬意と知識、経営的視点、労働環境整備の意識の3つが揃わないとトップは務まらないと思います。
今はそのどれか一つだけという人も多いので、自分たちはその3つを見てゆける人間になるべき。ディレクター像の刷新がまずあって、男性でも女性でも能力があればなればいい。

2020年6月24日水曜日

美術館の未来を担う女性たち3



片岡さん――女性のディレクターはたくさんいますが、ロンドンのテート・モダンの館長にフランシス・モリスが就任したとき、「美術館業界はボーイズクラブ。それは変えてゆかなければならない」と発言しました。内部の組織だけでなく、所蔵しているコレクション、展覧会を行うアーティストも含め、基本は白人男性中心です。フランシスは着任すると、急速に是正し始めました。(略)
女性だけでなく、ラテン・アメリカやアジアのアーティストも積極的に取り上げ、トランスリージョナルな展示を行いました。世界をリードする美術館が姿勢を変えることにより、世界全体の風向きが急速に変わってきていると思います。女性の問題は、大きなダイバーシティの一部。マイノリティのアイデンティティに着目し、世界の均衡をどう見せるか、それが世界の美術館が今取り組んでいることです。

2020年6月23日火曜日

美術館の未来を担う女性たち2


リードに「日本の美術館に続々と女性館長が誕生している。社会における美術館の役割が問われるなか、彼女たちが模索するこれからの美術館像とは?」とあるとおり、これからの美術館像を求めて、女性館長3人の鼎談を収録した記事です。饒舌館長にとってとくに印象に残った発言を、それぞれ一つずつアップさせてもらうことにしましょう。
逢坂さん――日本では、美術館運営や館長職は軽く考えられている節があります。本来、美術は、社会や世界の状況、人間についていろいろな示唆を与えるものであり、それに関わる仕事は、考える機会を与える豊かなものだと思っています。
でも現状は、組織としてのバランスを図るのが難しい。美術館としてどうどう運営し、いかに社会に貢献しているか。非営利的活動なので、物を作って儲けようというのとは異なります。高度にプロフェッショナルであることが求められる職業です。

2020年6月22日月曜日

美術館の未来を担う女性たち1


鼎談「美術館の未来を担う女性たち MUSEUMS CAN BE」(『THE NEW YORK TIMES STYLE MAGAZINE:T JAPAN26号)
 集英社が編集し、朝日新聞社が発行するこの雑誌の存在を、今回はじめて知りました。誌名が英語表記になっているのは、有名な『ニューヨークタイムズ』と何か関係があるからなのでしょう。表紙は人気急上昇中の俳優にしてシンガーソングライターのイケメン松下洸平――A Gentle Flame(おだやかな炎)という紹介記事にもなっています。
しかし、われわれ美術館人にとって重要なのは洸平クンじゃ~なく、3人の女性美術館館長――国立新美術館の逢坂恵理子さん、森美術館の片岡真実さん、横浜美術館の蔵屋美香さんによる鼎談の方です。
この記事では、プロフィールにちゃんとお生まれになった年も明記してありましたので、お年の順にあげさせてもらいました。女性の場合は生年やお年を省略するという美しい習慣、いや、変な習慣は、もはや時代遅れになってしまったのでしょう。

2020年6月21日日曜日

梅雨6



 ついでに、佐佐木幸綱さん監修の『和歌・短歌歳時記』(三省堂)から、良寛さんの梅雨を詠んだ歌一首を紹介しておきましょう。良寛さんは「五月雨[さみだれ]」と詠んでいますが、つまり梅雨のことですよね。
もっとも、梅雨と五月雨は微妙に異なるようです。本書には「五月雨 陰暦五月に降る雨のこと。梅雨とほぼ同義だが、梅雨は雨の降る気候そのものを指すのに対して、五月雨は雨そのものを指す場合が多い」という説明が付されています。言われてみれば確かにそういう語感がありますね。先の漢詩と並べると、『良寛和漢朗詠集』みたいになるのが愉快です()
  五月雨に もの思ひをれば 時鳥[ほととぎす] 夜深く鳴きて いづち行くらむ


2020年6月20日土曜日

梅雨5



『漢詩歳時記』には、我らが良寛の「半夜」という七言絶句も載っています。「半夜」にはいろいろな意味があるようですが、この詩の「半夜」とは夜中の意味でしょう。良寛が梅雨時の夜中、心に浮かんだ感慨を詠んだ詩のようです。江戸時代、50歳を過ぎたらもう後期高齢者のはずで、じつにいい詩だなぁと僕が深く共感を覚えるのは、そのせいなのかな()
 我が人生を振りかえりゃ 五十年余もすでに過ぎ
  世の悪しきこと善きことも すべてはみんな夢のなか
  山のいおりの五合庵 陰暦五月の梅雨が来て
  物寂しげに真夜中の 小さな窓に降り注ぐ


2020年6月19日金曜日

梅雨4



人間がその気を受けると病気になり、物がその気を受けると黴[かび]を生じる。したがってこの雨水を使って酒や酢を造ってはならないが、それを吸い込んだ大地が夏の酷暑を和らげてくれるのである。すなわち、梅雨を6月の中気(24節気を一つおきにとった分点)――つまり大暑のころとする陳氏の説は間違っている。
李時珍がクレームをつけている「陳氏」とは、『本草綱目』の「歴代諸家本草」に挙げられている『本草別説』の著者・陳承のことでしょう。上野益三先生の『日本博物学史』によると、1092年の条に「宋、元祐7年。四川の人陳承の『重広神農本草並図経』23巻成る。『嘉祐補注本草』と『本草図経』とを併せて一本とし、見る者の便を図ったもの」とあります。両者が同じ本草書を指すことはまず確実でしょう。それはともかく、李時珍先生は天上で、「オマエの和訳も陳承と同じでまったく間違っている」と怒っているかな()


2020年6月18日木曜日

梅雨3


もっとも、「梅雨」という漢語があるということは、中国――とくに江南にも梅雨という現象があるとも考えられるかな? ちなみに、明・李時珍の『本草綱目』巻5の「雨水」に「梅雨水」があげられ、著者は次のように述べています。拙訳で紹介しますが、僕には陰陽五行の知識がないのでむずかしく、間違っているかもしれません。
「梅雨」は「黴雨」とも書く。衣服やほかのものを濡らし、みな黒かびを生じさせるので、「黴雨」というのである。24節気の一つである芒種が過ぎて最初のミズノエの日を迎えると梅雨に入り、同じく小暑が過ぎて最初のミズノエの日を迎えると梅雨が明けるのである。また3月に梅雨に入り、5月に梅雨が明けるともいう。これはすべて「湿熱の気」が盛んになり、閉じ込められ、燻[いぶ]され蒸[]されて温度が上がり、醗酵して、長雨となるのである。

2020年6月17日水曜日

梅雨2




 渡部さんの梅雨に関する説明も掲げておきましょう。お会いしたことはありませんが、渡部さんは僕と同い年の尊敬する中国古典文学研究者です。「漢詩の狩人」とたたえられるのは、訪中歴32!! 漢詩が詠まれた場所、関係の深い土地を実際に訪れて、その体験を鑑賞に生かすという経験主義者だからです。
六月は梅雨の季節でもあります。ジメジメとした雨は連日降りつづきます。梅雨という現象は日本特有のものですが、梅雨ということばは中国産です。唐の太宗の詩に「梅雨」という詩語もあります。梅雨は梅が実るころの雨という意味ですが、「霉雨」[メイユイ]「黴雨」[メイユイ]ともいいます。

2020年6月16日火曜日

梅雨1



 いよいよ梅雨入りしたようですね。うっとうしいけれど、これはこれで巡る季節のワンシーンでしょう。しかも、コロナウィルスは湿気に弱いという説があるようですから、今年は梅雨が長く続いてほしいと願わずにはいられません(!?) たびたび引用する渡部英喜さんの『漢詩歳時記』<新潮選書>には、杜甫の五言律詩「梅雨」が紹介されています。今回は五七五七七の和歌調戯訳で……。
僕の住む成都・犀浦の道の辺に 四月になれば梅の実熟す
鬱陶[うっとう]しいそぼ降る雨に満々と 長江の水流れゆきたり
  粗末なる萱葺きの屋根しみやすく 雲・霧垂れ込め晴れ間も見えぬ
  水中の蛟龍[みずち]喜び水面は 岸辺に沿って渦巻いている 

2020年6月15日月曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』8



これほどお世話になった『知的生産の技術』なのに、書架を探しましたがどうしても見つかりません。最近ずいぶん断捨離をやりましたが、この名著を断捨離するはずがありません。あとでもう一度よく探してみますが、やっぱり青春の思い出として、書架には絶対備えておきたい――もちろん現在出版されている100刷なんかじゃなく、あのころの旧版を……。
と思ってアマゾンで検索すると、うれしいことに「中古品」として旧版がたくさん出品されています。しかしこの名著が旧版となると、最安はたったの1円――「嗚呼!! 文化の堕落衰退であり、悲しく嘆かわしいことだ!!」と思いましたが、ひるがえって考えてみると、梅棹先生ご自身がベストセラーなんかにしちゃったからですよ() 

2020年6月14日日曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』7



さらに「蕪村ノ項」とあるカードからは、見たときにちょっと似ているなぁと思った石濤や史忠、藍瑛、方従義 唐寅などの中国絵画、あるいは我が雪舟や応挙の作品が改めて思い出されました。なぜかエミール・ガレの「蝙蝠・芥子文鶴首瓶」(サントリー美術館蔵)まで飛び出してきました。
カードは石濤の『語画録』を再読するキッカケを与えてくれましたし、ほとんど忘れかけていた奥平俊六さんの京都国立博物館編『近世日本の絵画展』カタログ解説もよみがえらせてくれました。
もちろんボツにしたカード情報もたくさんありますが、『知的生産の技術』を知らなかったら、この拙論はとても形をなさなかったでしょう。過日、小林兄から「アンタの『國華』解説には、やたらと何年何月何日に見たというのが出てくるなぁ」と冷やかされましたが、これもひとえに梅棹先生推奨京大型カードのせいなんです()


2020年6月13日土曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』6



しかしさすが『朝日新聞』――「もっとも、当時、梅棹が希望もこめ予想した情報社会は曲がり角に立っている」と、『知的生産の技術』が見逃していた問題点を鋭く指摘しています。とはいえ、フェイクやヘイトという醜い負の側面をあらわにするようになった情報社会に対し、来月没後10年を迎える梅棹先生がご存命であったら、きっとすぐれた解決策を提示してくださったにちがいありません。
先日アップしたように、最近僕は、「行路の画家蕪村――横物三部作試論」という妄想と暴走()を『國華』に寄稿しました。もちろん執筆に際しては、カードボックスから「蕪村」のカードを全部抜き出してきて、1枚1枚ながめていきました。横物三部作を実際に見たときの臨場感がまざまざとよみがえってきたことは、いうまでもありません。

2020年6月12日金曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』5



しかしそれを理解することなく、ハウツーもののように、京大型カードの利用だけを学んだ僕は、招かれざる読者だったんだと思います。
とはいえ、10人ほどが居並ぶ岩波書店の会議――どうも採用の可否を決める会議だったようですが、はじめは「ハウツーものじゃないか。知的生産って一体何だ?」という苦言が続いたそうです。そのなかには岩波書店社長もいたと書いてありますから、ペーペーの大学院生だった僕ならまぁ仕方ないかな?()
『知的生産の技術』は今も大学の教科書に使われ、社会人にも読まれて100刷、145万部に達し、岩波新書の歴代4位の数字をたたき出しているそうです。あのとき僕が1冊買わなかったら、1449999部なのかな?

2020年6月11日木曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』4



そもそも、日本人はローマ字を用いるべきだとするならば、梅棹先生ご自身が『知的生産の技術』をローマ字で出版されればよかったかもしれませんが、岩波書店さんは絶対「ウン」といわなかったでしょう。もちろん商売上の観点からいって……() 漢字という偉大な発明品は、もう漢――中国だけのものではなく、東洋の文化遺産なのだと思います。
76歳の今日に至るまで51年間、もっぱら京大型カードのお世話になってきました。これもひとえに梅棹先生のお陰であり、『知的生産の技術』を読んだ賜物です。しかも今や、東大生協や伊東屋に行かなくても、ネットで簡単に買えるんです。
もっとも朝日新聞の記事によると、『知的生産の技術』は単なるハウツーものではなく、「知的武装」の方法を提案したものであり、教養主義崩壊の始まりともリンクしていたそうです。

2020年6月10日水曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』3



普通の日本文なら、つまり漢字を使って書いてあれば、一瞬にして画家や作品、その内容が判りますが、ローマ字だと1字1字読んでいかないとダメなんです。たとえば「俵屋宗達」と「俵屋宗雪」は一目瞭然ですが、「Tawaraya Sotatsu」と「Tawaraya Sosetsu」となると、そうはいきません。
しかも、Sosetsuには「宗雪」と「相説」の二人がおり、「宗説」という印章さえありますから、この区別をローマ字で記入するとなると、きわめて面倒です。それならSosetsuの脇に、漢字を書いておけばいいじゃないかということになりますが、それなら最初から漢字を用いた方が、どれほど便利か分かりません。これが僕の所感や印象など文章になれば、画家名の比ではありません。

2020年6月9日火曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』2



その時、出版間もない『知的生産の技術』を読んだのです。『文明の生態史観序説』も『情報産業論』もまだ読んでいませんでしたが……。「これだっ!!」と思いました。画用紙のような厚手の紙でできたB6判の、京大型カードなるものが世の中にあることを知ったのです。
早速、生協購買部に行くと、山のように積んであるじゃ~ありませんか。まとめ買いした僕は、梅棹先生のご意見にしたがって、翌日からすべてローマ字でカードを取ることにしました。漢字を忘れていても、悪筆でも何ら問題なく、しごく簡単です。
しかし少しカードがたまってきて整理しようとすると、またあとでそれを抜き出して使おうとすると、きわめて不便であることに気づかされました。

2020年6月8日月曜日

梅棹忠夫『知的生産の技術』1



梅棹忠夫『知的生産の技術』<岩波新書>1969
 63日の『朝日新聞』夕刊「時代の栞」に、梅棹忠夫先生の名著『知的生産の技術』<岩波新書>が取り上げられていました。先日、「饒舌館長」に静嘉堂文庫美術館蔵・惟肖得巖賛「聴松軒図」の想い出をアップロードしたとき、チョット書名をあげましたが、僕にとっても忘れることができない一冊です。
1967年春、大学院に進んだころから、僕は大西廣さんの真似をして、月光荘のスケッチブックを調査ノートとして使っていました。はじめは単なる調査ノートだったのですが、そのうち1シートに1作品の調査結果や印象批評、あるいは気がついた参考資料などを書いて、ある程度たまったら画家別に分類すれば便利だろうと思いつきました。
しかし、月光荘スケッチブックの紙はペラペラだったので、森銑三先生にならって、袋にでも入れて整理すればいいやと考えていました。

2020年6月7日日曜日

静嘉堂文庫美術館「江戸のエナジー」



静嘉堂文庫美術館「江戸のエナジー 風俗画と浮世絵」
 コロナ禍のために「幻の名展覧会」になってしまいました。かつて「越乃寒梅」は「幻の名酒」といわれたものでしたが……() 残念にして無念ですが、饒舌館長以上に切歯扼腕しているのは、担当した吉田理恵さんと浦木賢治さんでしょう。とくに吉田さんは、これが静嘉堂主任担当展デビューだったのですから……。
二人が作ったカタログは、とても充実した内容ですでに仕上がっています。今月27日(土)から始まる「美の競演 静嘉堂の名宝」展でミュージアムショップに並びますので、ぜひ1冊お求めくださいね。
「僕の一点」は吉田さんが執筆した「画題に注目! 一蝶の風俗画と応挙の美人画」というコラムです。テーマとなっている円山応挙の「江口君図」は、重要美術品指定の名品としてよく知られるところ、すでに「饒舌館長」にもアップしたことがありますね。もう一つのコラム「静嘉堂の肉筆浮世絵コレクション――『浮世絵派画集』(審美書院)にみる」もオススメ、僕もはじめて知った大発見です!!  

2020年6月6日土曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)13



このような一種の大衆化は、画中モチーフの配置からも指摘できるところで、李士達の軸装や巻子装の詩意山水画にはまったくみられないそうです。石守謙さんはその例として、初唐の詩人・沈佺期の詩句から取材した「竹裡泉声図」(東京国立博物館蔵)を挙げています。
李士達の掛幅といえば、静嘉堂文庫美術館にも「秋景山水図」という傑作があります。畏友・湊信幸さんは、「紙本のもつ特質を十分に生かした水墨と淡彩の筆致は、謝時臣とは異なる清爽感あふれる独特の表現を示しており、李士達固有の世界をつくっている」とたたえてくれています。
石守謙さんには、できたらこの「秋景山水図」を使っていただきたかったなぁと思いますが、これには賛詩がないので、やはり無理なお願いというものでしょうか() 

2020年6月5日金曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)12


 

 南の四川[しせん]の渡し場に たそがれ時がやってくりゃ
 家路を急ぐ人たちが 先を争い騒がしい
 野中の寺から清らかに 間近に聞こえる鐘の声
 岸辺の村ははるけくて 灯る漁火[いさりび]点々と……
 空行く雁を見ていると 故郷の便り恋しくて
 猿の鳴き声聞いてると 涙の痕[あと]にまた涙
 遠く万里の我が旅路 小舟浮かべるこんな夜
 秋の明月仰いでも たたえる言葉が浮かばない

2020年6月4日木曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)11




蘇州の職業的文人画家であった李士達について、その摺扇画「平川帰渡図」(台北・故宮博物院蔵)を例に挙げながら進める石守謙さんの考察にも、シャッポを脱がざるを得ませんでした。この摺扇画には、「落日下平川 帰人争渡喧」という一聯の詩句が賛として書かれています。
これは盛唐の詩人・岑参[しんじん]の有名な詩句「渡口欲黄昏 帰人争渡喧」を、平易で口語的な詩句に改変することにより、市井の観衆に迎合しようとしたのではないかとする指摘は、正鵠をうがつものでしょう。この「巴南舟中」という五言律詩は、「千古絶唱」といわれたそうですが、不思議なことに『唐詩選』には載っていません。『三体詩』から採って、これまた戯訳を作ってみましたが……。

2020年6月3日水曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)10



実にすばらしく、またうらやましいエピソードではありませんか。蕪村はこのことを知らなかったかもしれませんが、このような中国文人の人間的交流にあこがれ、画家にして詩人であった唐寅を理想としたのではないでしょうか。いうまでもなく、蕪村は画家にして俳人でした。
もっとも、沈周も画家にして詩人であったのですが、生活を奇矯にすることはなかったといわれる沈周より、「江南第一風流才子」と自称して自由に生きた唐寅に、蕪村はより一層強い魅力を覚えたのでしょう。
吉川先生によると、唐寅の奔放不羈は兄弟子の祝允明があきれるほどでした。道で見かけた美人のあとをつけ、大きな質屋の小間使いと知ると、身分をかくして番頭に住み込み、思いをかなえたという話が、小説『今古奇観』[きんこきかん]に見えるそうです。「全然の虚構ではないであろう」と吉川先生はおっしゃっていますが、芸妓・小糸と老いらくの恋に落ちた蕪村も、きっとこの話を知っていたことでしょう。

2020年6月2日火曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)9




この夜から間もなくして、孫一元は友人の唐寅と出会い、身に携えていたこの摺扇を見せると、唐寅はその夜の舟遊びと語らいを想像し、また追和詩を書き加えました。ここに詩人・唐寅が登場するのです!! 先の拙文に僕は、吉川幸次郎先生の『中国詩人選集』第2集<元明詩概説>から唐寅の一首を引用しましたが、「平湖夜泛図」の五言律詩も軽やかで、すごくいいと思います。またまたマイ戯訳で……。
 静かな夜に舟を出しゃ 涼風吹き来るマコモ田に
 間遠に光る漁家の灯[] 天まで伸びてるお墓の木
 詩を詠むごとき虫の声 月光酒宴の舟へ射す
 先生 貴兄を客にして いつもながらに楽しそう 


2020年6月1日月曜日

石守謙「物の移動と山水画」(『國華』)8




 最近僕は「蕪村横物三部作試論」という妄想と暴走( ´艸`)を『國華』に寄稿しました。与謝蕪村が明代四大家の一人である唐寅を尊敬してことは、すでに指摘されてきましたが、それは唐寅が画家にして詩人であった点にあったのではないかと、僕は考えたのです。唐寅が画家にして詩人であったことの具体例を、石守謙さんが教えてくださったことも、実にうれしいことでした。
呉派文人画の祖とされる沈周(沈石田)に「平湖夜泛図」(上海博物館蔵)という摺扇画があるそうで、『國華』ではカラー図版になっています。ある月の夜、沈周は友人の孫一元と湖に舟を浮かべて歓を尽くします。そこにお酒があったことは、改めていうまでもありません(笑) そのあと、沈周は孫一元が準備していた扇面に山水を描き、ともに過した夜遊の楽しみを賛にして贈ると、孫一元は五言律詩を書いて応え、さらに沈周が追和詩を加えます。


五木寛之『大河の一滴』6

『広辞苑』によると、「俗情」の第一義は「世俗のありさま。また、世俗の人情」です。俗情には「名利を念とする情」とか、若いころ悩んだ「情欲」の意味もありますが、もちろん大西巨人のいう「俗情」は第一義、つまり市井の人々の自然な心の動きです。「結託」がいかにも巨人的表現だとしても、世俗の...