2019年12月10日火曜日

中国美術学院「歴史と絵画」11



長い間、黒田は古典主義と印象派を折衷した外光派アカデミズムを我が国へもたらした画家であり、その決定的要因として、ラファエル・コランとの偶然ともいうべき邂逅があげられてきた。これに対して高階秀爾氏は、まったく新しい黒田像を描き出した。黒田の意図した西欧的構想画は、日本の精神的風土ゆえ、ついに根づかなかったというのである。

 それを認めた上でなお、私は黒田の折衷的な外光派アカデミズムやスケッチ画を積極的に評価したい誘惑に駆られる。それこそ東洋的写実主義であり、日本的洋画だと考えるからである。

2019年12月9日月曜日

中国美術学院「歴史と絵画」10



僕が発表した「黒田清輝の写実と天真」の要旨をアップしておくことにしましょう。フォーラム終了後、プロシーディングが出版されることになっているので、そのための完全原稿も用意して行きましたが、以下はそのレジメです。

これを陸さんが中国語に翻訳して発表してくれたのですが、すでに書いたように、すばらしい翻訳によって、僕の言いたかったことは完全に伝わったようでした。しかも僕が日本語で読むことはやらなかったので、時間の節約にもなりました。

黒田清輝という洋画家は如何なる画家であったのか。彼の美的本質はどこに存在するのか。私の結論を先に述べることが許されるならば、黒田が創り出したのは、日本的洋画であり、東洋的写実主義であり、日本的遠近法であり、東洋的明暗法であった。

2019年12月8日日曜日

五島美術館「美意識のトランジション」4



前者は「華南三彩」と呼ばれ、華南の沿岸部――福建省や広東省で焼成された緑釉磁器、後者は銅緑釉の織部釉を施した織部焼です。カタログ解説によると、後者は前者の蓮池水禽文を模倣した作品だそうですが、緑釉と銅緑釉の間にも何か関係がありそうです。

しかし、その印象はずいぶんと違っています。ここでその違いがどうして生まれたかを考えてみました。唐突ながら、前者に合う料理を考えてみれば、八宝菜か東坡肉、馴染みのあるところではニラレバということになるでしょう。しかし後者にふさわしいのは、京野菜の白和えか小鯛の笹漬け、あるいはほうれん草や小松菜のおひたしです。

つまり、華南三彩と織部の違いがうまれた理由は、両国民が食べる料理の違いによるのだということになります。

ヤジ「またまた美術の話が食い物にいっちゃったみたいだな!!」 


2019年12月7日土曜日

五島美術館「美意識のトランジション」3


たとえば第一部「書跡のトランジション――紙絹をとりまく理想と相克」を見てみましょう。同じ文字なのに、日中でずいぶん違っています。平仮名と漢字の印象が異なるのは当然ですが、詩歌や文章の書き方、あるいは構成の仕方がひどく違っています。
しかし同じ東アジアに生まれ育ちながら、それはなぜなのか、どうしてなのか、何か理由があるのかを僕なりに考えながら見ていきました。それはもう借り物じゃ~ない、僕だけの美術史が誕生したことを意味します――なんていうとカッコいいのですが、日中におけるトランジションの理由をそれぞれ考えるのはむずかしかったので、安易な日中比較という方法に逃げただけの話です。
このような観点からおもしろかった「僕の一点」は、明時代の「三彩蓮池水禽文皿」と、桃山時代の「総織部蓮池鷺文輪花皿」ですね。比較なので「僕の二点」になってしまいますが、ともに愛知県陶磁美術館が所蔵する17世紀の焼き物です。

 
 

2019年12月6日金曜日

五島美術館「美意識のトランジション」2


 
確かにそのとおりです。16世紀から17世紀にかけて、日本を含む東アジアはトランジションの時代でした。いや、地球全体がトランジションの時代だったといってもよいでしょう。6章に分けられた90点ほどの作品を一つ一つ眺めていけば、おのずと腑に落ちるところです。饒舌館長的にいえば、古典主義的な美意識から、バロック的な美意識に大きく転換しようとするトランジションの時代でした。

しかし展覧会というものは、企画者の意図なんか無視して、自分勝手に楽しむことも許してくれる自由なる空間です。本特別展のリーダーである砂澤祐子さんをはじめ、学芸員の方々には申し訳なきことながら、今回僕が勝手に試みたのは、日中の美意識を比べながら見るという、比較美術史的楽しみ方です。五島美術館さん、どうぞお許しください‼

2019年12月5日木曜日

五島美術館「美意識のトランジション」1



五島美術館「美術意識のトランジション 16世紀から17世紀にかけての東アジアの書画工芸」<128日まで>

 きわめて意欲的な特別展です!! 脳みそを活性化してくれる展覧会です!! 世界が自国ファーストに陥っているいま、絶対見なければならないアートショーです!! その趣旨については、充実したカタログの「ご挨拶」をそのまま引用しておきましょう。

織豊時代を経て徳川時代による支配体制が徐々に確立する頃、中国では明時代の終焉を迎え、清朝の興隆とともに東アジア世界に新たな枠組みを生み出しました。西欧にはじまる大航海時代の波は、揺れ動く東アジアの交易圏に旧体制からの転換をせまります。盛んな交易と移り行く社会構造を背景に、爛熟する造形と新鮮な美意識が交錯する16世紀から17世紀は、文化的に見ても過渡的な時代ということができるでしょう。五島美術館では、約400年前まさに渦中にあった東アジアの「トランジション(過渡期)」に焦点をあて、伝来する絵画・書・工芸・典籍の名品から、16から17世紀の美意識の諸相を再考察する展覧会を開催します。


2019年12月4日水曜日

中国美術学院「歴史と絵画」9



暮れなずむ象山の景色をもう少しゆっくり堪能したい気分でしたが、またみんなで会食の予定になっていました。陸さんと急いで戻れば、この日は是非やりたかったパイカルが供されました。前の日はワインだけだったものですから……。しかも中国十大銘酒の一つ蘇州「洋河大曲」の最高ブランド「天之藍」です!! 

ラベルを見ると52度と書いてあるじゃ~ありませんか。もちろん我が家では、40度の「百年の孤独」でも水割りですが、中国では恥ずかしくて、水で割ることなんかできません。もっとも以前と比べると、パイカルグラスがずいぶん小さくなっています。文明が発達すると、人間は酒に弱くなるという持論がまたまた実証されたのです(笑)

バカの一つ覚えで――いや、天皇・年号を加えて三つ覚えくらいかもしれませんが――中国十大銘酒の暗唱を披露すれば受けないはずはなく、日・中・仏・伊・露の国際友好飲み会は、果てることなく続いたのでした(笑)

2019年12月3日火曜日

中国美術学院「歴史と絵画」8



午後はフォーラムをサボって、美術学院の象山キャンパスにある民芸美術館を陸さんに案内してもらいました。その建築が隈研吾作品であることを聞いていたので、どうしても見たかったのです。それはちょっと小高い丘の上にあって、ガラス壁の外を鋼鉄のワイヤで保護するとともに、そこに黒い丸瓦を一定間隔で吊り下げるように構成した、とても個性的な美術館建築でした。

丘の下に古い門がありましたが、そこに使われている瓦と美しく呼応するとともに、地面に敷き詰められた黒煉瓦ともよくマッチしているように感じられました。

民芸美術館といっても、僕たちが柳宗悦の名とともに思い出すような民芸ではなく、現代工芸作家の作品を陳列する現代工芸美術館といった趣でした。

2019年12月2日月曜日

中国美術学院「歴史と絵画」7



僕の「黒田清輝における写実と天真」は、その日午前中の「歴史的現場と芸術的現場」というセッションの最後でした。これまで黒田はラファエル・コランから学んだ外光的アカデミズムを日本に持ち帰ったという通説と、コランから学んだのはしっかりとした思想と骨格をもつ構想画で、これを移植しようとしたが日本の精神的風土に阻まれたのだという高階秀爾説がありました。

これに対し僕は、黒田がフランスから帰国後、久米桂一郎とともに開いた画塾「天真道場」の「天真」にこそ、彼の絵画的理想は披瀝されているのだという持論を発表したのです。これまた妄想と暴走かな(笑)

東京藝術大学に留学中の陸陽さんが要旨を中国語で読み上げ、そのあと僕がスライドを写しながらコメントを加え、それを陸さんが中国語に翻訳するというやり方で進めましたが、僕の日本語発表を省いたのは大正解だったと思います。

何しろ許された発表時間が、20分ととても短かったのです。とくに饒舌館長にとっては……(笑)

2019年12月1日日曜日

新潟県漢詩連盟ご一行様来館



 ちょっとエントリーが遅くなってしまいましたが、さる11月7日、静嘉堂文庫美術館「入門 墨の美」展を、新潟県漢詩連盟の方々が遠路はるばる観光バスで見にいらしてくださいました。こんなうれしいことはありません。すでにアップしたように、新潟は諸橋轍次先生のふるさとです。来館の皆さんが諸橋轍次博士記念館のため協力を惜しまないことに、心からの感謝を捧げたいと存じます。

浦木学芸員担当の展示を堪能の上お帰りくださいましたが、間もなく、会長の目耕斎佐藤海山さんから、墨痕淋漓たる丁重なお手紙をいただきました。畏れ多くも「河野元昭館長斧正」と款された七言絶句「三訪静嘉堂」とともに……。門を入って静嘉堂に至る坂道が髣髴としてきます。僕の戯訳とともに紹介させていただきましょう。

三徑未紅周鬱蒼  まだ紅葉[もみじ]せず静かなる 小道の周りは鬱蒼と……
豁然出現静嘉堂  パッと開けて突然に 出現したる静嘉堂
宛如金磬踏砂利  砂利踏み行けば「打石」[うちいし]とう 楽器の音によく似たり
一鳥飛翔庫上望  文庫の上を悠々と 飛び去る鳥を眺めてた  

中国美術学院「歴史と絵画」11

長い間、黒田は古典主義と印象派を折衷した外光派アカデミズムを我が国へもたらした画家であり、その決定的要因として、ラファエル・コランとの偶然ともいうべき邂逅があげられてきた。これに対して高階秀爾氏は、まったく新しい黒田像を描き出した。黒田の意図した西欧的構想画は、日...