2019年1月23日水曜日

不倫文化論1


 先に「謹賀新年」と題して、王安石の七言絶句「元旦」から今年の「饒舌館長」を始めたところ、この北宋を代表する士大夫詩人には誠に失礼なことながら、永井荷風『断腸亭日乗』の「一盗二婢三妓四妾五妻」まで行っちゃいました。さらに続けて書きたいと思いましたが、いくら何でも「謹賀新年」じゃー「八日の七草粥(!?)」になっちゃいます。

翻って考えてみますと、「四妾」までは現代いうところの「不倫」ですので、「不倫文化論」という新しいタイトルにしましたが、ブッチャケを言えば「謹賀新年」の続編です。本編をまだ読んでいない方は、是非ザッと目を通してから、この私論へお進みくださいね。よろしくお願い申し上げます。

さて、俳優・石田純一は「不倫は文化だ」という名言を吐きました。ものすごいバッシングを受けたようですが、一面の真理は突いているように思います。



2019年1月22日火曜日

山種美術館「皇室ゆかりの美術」5


これとは別に、同じく青邨の彩管になる「獅子図」も、静嘉堂文庫美術館には伝えられています。これは献上屏風制作の翌年、小弥太の依頼により、その鳥居坂本邸玄関広間の衝立として描かれた作品ですが、現在は保存のため額装に改められています。

衝立という間仕切りの性格上、表に雌雄の親獅子、裏に仔獅子を集めて構図を変えており、それは献上屏風とは異なった画趣を生み出す結果にもなっていますが、献上の名誉と想い出を残さずにはいられなかった小弥太の希望にしたがったことは疑いありません。

なお、すでに指摘されるように、献上屏風の仔獅子は小弥太が所蔵していた唐俑「三彩獅子」をモデルにしたものですが、ここにも青邨と小弥太の強いきずながうかがわれます。事実、小弥太は青邨から絵の手ほどきを受け、それを生涯の楽しみにしたのでした。

2019年1月21日月曜日

山種美術館「皇室ゆかりの美術」4


青邨は、本来のいい意味で「したたか」だったのです。漢字で書けば「強か」ではなく、「健か」の方がふさわしいでしょう。青邨はそれを奥に秘め、決して表面に出すことをしませんでした。だからこそ、青邨を誰よりも早く見出し、高く評価した横山大観のような、おもしろいエピソードはあまり多くないということになるのです。

しかし青邨は、近代現代に生きる画家として、したたかであるべきだとと自覚していましたから、自覚的健かさといってもよいでしょう。たとえ、今日出海先生が中央公論社版『日本の名画』15<前田青邨>に寄せた、随筆のタイトルである「平凡な非凡人」という青邨観を認めるとしても、その「非凡」のなかに、「自覚的健かさ」を含めたい誘惑に駆られます。

実をいうと、静嘉堂文庫美術館にはこの屏風の下絵が遺されています。いわゆる小下絵[こじたえ]ですが、「献上屏風下図 昭和十年四月吉日」と記入され、落款印章に加えて拡大のための升目罫線も引かれています。構図も完成画とまったく同じといってもよいほどですから、最終段階の小下絵とみてよいでしょう。


2019年1月20日日曜日

山種美術館「皇室ゆかりの美術」3


今回僕は青邨屏風の前に立って、その強烈な迫力に圧倒されましたが、それは「永徳なにするものぞ!」という自負、矜持、あるいは気概が生み出したエネルギーと表裏一体をなしているように感じられたのです。青邨が動物園に出かけてライオンを写生したことは事実だとしても、そのようなリアリズム志向だけで、この屏風の力動感を生み出せるものでしょうか。

青邨は優美なやまと絵の画風をもって、構築的な漢画様式の永徳に挑戦し、すぐるとも劣らぬ二次元世界を創り出すことができた満足感のうちに、「青邨」朱文円印を捺し終わったんだと思います。

僕がこのように考えるのにはわけがあります。日本画家では珍しい自画像――「白頭」と題する傑作を遺している青邨には、強い自我意識があったというのが、僕の青邨観だからです。

2019年1月19日土曜日

サントリー美術館「扇の国、日本」4


これを見て、僕はすぐ伊藤若冲の「動植綵絵」を思い出しました。『諸橋大漢和辞典』に「綵」を求めると、①あやぎぬ。模様のあるきぬ。②あや。いろどり。もやう。とありますが、「綵画」や「綵絵」には当然②の「いろどり」がふさわしいことになります。

「綵画」や「綵絵」という熟語は見当たりませんが、「熟語は采・彩を併せ見よ」とあるので、「彩」を見ると、「彩画 彩色画」「彩絵 いろどり。もやう。ゑ」と出てきます。このようにみてくると、「動植綵絵」は若冲がその美しいいろどりを何よりも誇ろうとしたシリーズということになります。

それはともかく、「綵画」という『諸橋大漢和辞典』にもなかった熟語が、『善隣国宝記』にあることを初めて知ってうれしくなり、足取りも軽く、サントリー美術館を後にしたことでした。 


山種美術館「皇室ゆかりの美術」2


「僕の一点」は、前田青邨の「唐獅子」六曲一双屏風(宮内庁三の丸尚蔵館)です。昭和天皇即位礼をことほぎ、青邨に加えて鏑木清方、橋本関雪、川端龍子、堂本印象という当時を代表する5人の日本画家が屏風絵を献上しました。依頼したのは、静嘉堂文庫を確立発展させた三菱社長・岩崎小弥太でした。

青邨は華麗な色彩、シンプルにして明快なフォルム、おおらかな垂らし込み技法という琳派画風によりながら、一見して昭和の青邨だと直感できる個性的大画面を生み出しています。これはすでに指摘されるところです。しかし僕は、青邨がこの屏風を構想したとき、かの狩野永徳に対する対抗意識があったにちがいないと思います。

唐獅子図の最高傑作ともいうべき永徳屏風は御物でしたから、実際に青邨は見せてもらったのではないでしょうか。それは霊感源などという生易しいものではなく、ライバル意識を掻き立てたにちがいありません。たとえ実際に見なかったとしても、青邨が永徳屏風を知っていたことは、改めて指摘するまでもありません。

2019年1月18日金曜日

山種美術館「皇室ゆかりの美術」1


山種美術館「皇室ゆかりの美術――宮殿を彩った日本画家――」<120日まで>

 名残惜しくも平成に別れを告げ、新しい天皇と元号とともに、新しい時代が始まろうとしています。この時にあたって、皇室ゆかりの美術をテーマとする特別展が山種美術館で開かれています。中心となるのは、昭和43年(1968)完成の皇居新宮殿を飾った日本画家によるゆかりの優品です。

当時、その新宮殿画を実際に拝見する機会にめぐまれた山﨑種二氏は、拝命した東山魁夷をはじめとする6人の画家に、相似た趣向の作品を揮毫してほしいむね依頼しました。山﨑氏が深く心を動かされたことは言うまでもありませんが、それを一人でも多くの国民に見てもらいたいという願いが、氏の胸中で日増しに強まっていったのです。これに宸翰など皇室ゆかりの美術作品を加えて構成されたのが、絶対オススメの本特別展です。

不倫文化論1

 先に「謹賀新年」と題して、王安石の七言絶句「元旦」から今年の「饒舌館長」を始めたところ、この北宋を代表する士大夫詩人には誠に失礼なことながら、永井荷風『断腸亭日乗』の「一盗二婢三妓四妾五妻」まで行っちゃいました。さらに続けて書きたいと思いましたが、いくら何でも「謹賀新年」じ...