2017年12月12日火曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」5



その馬渕さんがやがて国立西洋美術館の館長さんとなり、この特別展「北斎とジャポニスム」を企画し、先頭に立って準備を進めてきたわけですから、拝見しないわけにはいきません。さすが馬渕さん!! 北斎とジャポニスム時代の西欧画家における図様の相似を丹念に調べ上げて、見るものを「なるほど!!」とうならせるのです。

しかし、それ以上に重要なのは、ものの見方や色彩の使い方、あるいはタブローというもののとらえ方、つまり絵画という造形芸術に対する感覚や観念において、北斎が彼らに決定的な影響を与えた事実――それが抜かりなく指摘されていることです。ぜひ期間中に西洋美術館へ足を運び、馬渕さんにリードされながら、しかし最後はご自身の眼と感性で楽しまれることをお勧めしたいと思います。

「僕の一点」は、テオフィル・アレクサンドル・スタンランによる2匹のネコを描いた多色刷りリトグラフです。何だ?このあいだ三菱一号館美術館「パリ♡グラフィック」展で取り上げたヤツじゃないかなんて思わないでください。ネコはまったく同じですが、異なるバージョンなんです。

2017年12月11日月曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」4



北斎研究者からみれば、「こりゃー一体なんぼのもんじゃ?」というような『日本の美術』№367が出来上がりましたが、一般的には評判がよかったらしく、テレビの「日曜美術館」から声がかかったのも、いまだに時々北斎トークショーに呼ばれるのも、みんな小林さんのお陰です。

ご存知のように、『日本の美術』シリーズの巻末には、余禄というか、アペンディックスというか、グリコのおまけみたいなページが用意されていました。最初から僕は、ジャポニスム研究ですばらしい仕事を続けていた馬渕明子さんに、「特別寄稿」をお願いしようと決めていました。

電話をかけると快諾を得たうえ、すばらしい論文「葛飾北斎とジャポニスム」を頂戴することができました。間もなく馬渕さんは、それまで発表したジャポニスム論を集めて『ジャポニスム――幻想の日本』(ブリュッケ 1997)という刺激的な本を出版し、送ってくれました。ページを開くと、その論文が最終章に収められているではありませんか。こんなうれしいことはありませんでした。

 

2017年12月10日日曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」3


「何といっても北斎だ」なんてホザいている僕は、悪趣味の権化ということになるわけですが、「趣味嗜好は先天的なものである」という命題を、そのまま楽之軒先生にお返しして、先天的のどこが悪いと居直るしかほかに途はなさそうです。

しかし改めて考えてみると、僕が北斎を好きなのは、絵がすばらしいこととともに、頭抜けておもしろいからかもしれません。つまり、北斎はいろいろなことを考えさせてくれるんです。多湖輝先生じゃありませんが、「頭の体操」が楽しめるんです。

1996年、小林忠さんから、「河野さんはいつも北斎北斎といっているから、今度出す至文堂版「日本の美術」浮世絵シリーズの『北斎と葛飾派』を担当してほしいんだ」と頼まれたことがあります。

「北斎は好きだけど、すでに菊地貞夫さんの『北斎』がこの『日本の美術』にあるし、浮世絵トリビアリズムは素晴らしいけれど、僕の手に余る方法論なので、好きなように書いて構いませんか?」と聴いたところ、もちろんそれで結構だという返事だったので、喜び勇んで執筆に取り掛かったことを思い出します。

2017年12月9日土曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」2



それにも拘わらず彼が北斎画をアメリカで画学の教科書としたのは、色彩の一標本としただけで、彼の嗜好の広重に在ったことは、アメリカで彼が開いた浮世絵展覧会の解説書によって極めて明白である。西洋人でもフェノロサのような趣味の高い人のあることは心強い。この人が明治11年に日本に来て、日本古代美術の世界に冠たるを賞揚し、併せて後継者として岡倉天心を育てたことも、その趣味のよさを知って、よかったよかったと始めて安心がつく。

 これは「趣味について」という章の一節です。「趣味嗜好は先天的なもので後天的な学問知識のどうすることもできない領域である」「人の趣味のよしあしは持って生まれた宿命で、どうすることもできない」という持論の証明として、北斎と広重が持ち出されている箇所です。

2017年12月8日金曜日

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」1


国立西洋美術館「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」(2018128日まで)

 キャッチコピーは、「モネ、ドガ、セザンヌ…… みんなHOKUSAIに学んだ。」――でも<衝撃>なんですから、最後は「。」じゃなく、「!!」が欲しかったなぁ!! それはともかく、数多い浮世絵師のなかから僕が一人選ぶとすれば、やはり葛飾北斎ですね。何といっても、作品が頭抜けてすばらしい。もっとも、尊敬して止まない脇本楽之軒先生は、名著『日本美術随想』のなかで、つぎのように述べています。

失礼ながら貴君は北斎がお好きでしょうか、広重がお好きでしょうかと人にきいて見ることがある。これは長い間の経験から帰納し得た趣味試験の一法で、大抵の場合はずれッこない。気の毒なことに北斎の趣味はよくない、言い換えれば悪趣味の権化だ。北斎を再認識したのは西洋人で、その意味で西洋人は救われないと即断したくなるが、さればとて西洋人は皆が皆、北斎好きとは限らず、アメリカ人のフェノロサの如きは北斎の下俗の趣味を罵っている。

 

2017年12月7日木曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」7



父親ジョージの影響が強かったのでしょう、イアン・モリソンもジャーナリストとなり、海外特派員として活躍、香港にいたときハン・スーインと出会って恋に落ちたというわけです。その分野では父親ほど偉大じゃなかったかもしれませんが、父親と同じく、いや、それ以上に素晴らしい人生だったんじゃないでしょうか。

そんなことを考えながら、モリソン文庫再現展示の片隅にあった小さなキャプションと写真をながめ、それからきわめて興味深く、また教えられることばかりの展示を見て回りました。1995年、香港大学から講師として招かれたとき、もしこのことを知っていたら、「モリソン文庫」に思いを馳せながらヴィクトリア・ピークに登り、スター・フェリーに乗ったことでしょう。

それはともかく、万一「東方見聞録展」の人気がイマイチというようなことがあったら、つぎには「慕情展」をやったらどうでしょうか。お爺ちゃん、お婆ちゃんで何時間待ちということになるのではないでしょうか(!?)

2017年12月6日水曜日

東洋文庫ミュージアム「東方見聞録展」6


解説によると、とくに影響力が大きかったのは、イエズス会士のジョアシャン・ブーヴェだったみたいですね。いずれにせよ、僕にとっては驚愕の事実でした。だから、これからちょっと調べてみようかなぁと思っているところなんです。

実はもう一つ驚いたことがあります。あの名曲とともに忘れることができない名画「慕情」――そのヒーローであるアメリカ人特派員マーク・エリオットのモデルが、「モリソン文庫」のモリソンの長男だったという事実です。

あのウィリアム・ホールデン演じるマークが、「モリソン文庫」の息子だったんです。ジジェニファー・ジョーンズ演じるハン・スーインとのラブシーンを、いつまでも僕の心に残してくれているマークが、「モリソン文庫」の遺児だったんです。本当の名前はイアン・モリソンといいました。

国立西洋美術館「北斎とジャポニスム」5

その馬渕さんがやがて国立西洋美術館の館長さんとなり、この特別展「北斎とジャポニスム」を企画し、先頭に立って準備を進めてきたわけですから、拝見しないわけにはいきません。さすが馬渕さん !!  北斎とジャポニスム時代の西欧画家における図様の相似を丹念に調べ上げて、見るものを...