2017年11月22日水曜日

細見美術館「末法/APOCALYPSE」1


細見美術館「末法/APOCALYPSE 失われた夢石庵コレクションを求めて」(1224日まで)

 素晴らしい内容の特別展です!! 送られてきたカタログのページをパラパラと繰ると、「わぁ欲しいなぁ」と思うような作品のオンパレードです。「しかし不思議だなぁ、夢石庵なんてまったく聞いたこともなければ、読んだ記憶もないないなぁ……」

そう思いつつ、最後の「種明かし――末法の世に掉さす、一人称の美の世界へ」を読めばすべて氷解、これは新しい空想美術館なのだと分かり、改めて心に響くものがありました。この特別展の趣旨を含めて、その種明かしの一節を引用することにしましょう。

初公開、新発見、○万人動員、○時間の大行列、○○万円で落札、国宝・重要文化財に指定等々、作品を観なくとも、字面を追うだけで判断できる、定量的な指標によってのみ美術が語られる状況には、戸惑いを感じざるを得ません。誰かが――国が、美術館が、マスコミがいいといったから、ではなく、自分自身がその存在を賭けて美しいと言えるものを贖[あがな]う。

2017年11月21日火曜日

三菱一号館美術館「パリ❤グラフィック」3


画面右上のトレード・マークは、有名なロートレックなどと同じように、日本の印章や花押からインスピレーションを受けたものでしょう。TASを組み合わせ、カボチャ型の楕円で囲ってありますが、その楕円はどうもネコの首輪をデザイン化したものように思われました。

スタンランの作品としては、「シャ・ノワール巡業公演のためのポスター」も出陳されていました。こちらの黒ネコは、「ボディニエール画廊にて」の黒ネコと違って、目をランランと光らせて、ちょっとおっかないんですが、これまたオススメの多色刷りリトグラフですよ!!

先日、静嘉堂文庫美術館開催中の企画展「あこがれの明清絵画」にちなんで、おしゃべり館長トーク「ネコ好き館長による猫の絵画史」をやったことは、すでにアップしたとおりです。いつかその「パート2」を頼まれる機会があったら、西洋絵画ネコ絵ベスト・テンでやりたいと思いますが、そのときは絶対スタンランの「ボディニエール画廊にて」を入れることになるでしょう。

2017年11月20日月曜日

三菱一号館美術館「パリ❤グラフィック」2


 まさにその通り!! 6500点の美術品コレクションを誇るわが静嘉堂文庫美術館に対するエールのようにも聞こえて、とてもうれしくなりました。

「僕の一点」は、テオフィル・アレクサンドル・スタンランの多色刷りリトグラフ「ボディニエール画廊にて」です。スタンランはスイスに生まれたフランスの風俗画家にして版画家です。19歳のときパリに出て、キャバレー「シャ・ノワール」――つまり「黒猫」に入り浸りながら、いろいろな新聞のために風刺画を描きました。

20世紀に入ってから、ジャン=ルイ・フォランらとともに風刺新聞「ユモリスト」を創刊したことでも、フランス近代絵画史に名を残しているそうです。

「ボディニエール画廊にて」は、そこに飼われていたと思われる2匹のネコをモチーフにしています。1匹はキャバレーの名と同じ黒ネコ、1匹は三毛ネコです。背景を描かずにネコを右側に寄せ、左3分の1ほどを余白に残した構図がとても洒落ています。スタンランは真のネコ好きだったことがよく分かります。好きでもないのにただネコをモチーフに選んだような絵なんか、僕にはすぐバレてしまいますよ。

2017年11月19日日曜日

三菱一号館美術館「パリ❤グラフィック」1


三菱一号館美術館「パリ♡グラフィック ロートレックとアートになった版画・ポスター展」(201818日まで)

 「19世紀末パリ、猫も杓子も踊り子も、みんな版画に恋をした」――カタログに巻かれた腰巻のすばらしいキャッチコピーです。みなさんよくご存知のように、三菱一号館美術館コレクションの中核に、版画やポスター、挿絵本など、19世紀にブームとなったグラフィック作品があります。

これらに、オランダ・アムステルダムのファン・ゴッホ美術館コレクションから精選されたグラフィック作品を加えて企画されたのがこの特別展です。館長の高橋明也さんは、このような美術館におけるコレクションの重要性を、詩的表現を交えつつ次ぎのように述べています。

美術館はその収集品を通して存在し、また成長していきます。常設展示にはもちろんのこと、企画展を作り実現するに際しても、その発想の根幹は、そこに大きく依拠するにせよしないにせよ、美術館のコレクションに基づいています。美術館に働く者にとって、収集品は汲めども尽きぬ泉であり、輝く太陽であり、動き続ける心臓なのです。これらなくしては、美術館は単なる展示スペースに過ぎません。

2017年11月18日土曜日

静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画」9


09俳諧
順礼の宿とる軒や猫の恋    蕪村
から猫や蝶噛む時の獅子奮迅  屠龍(抱一)
猫の恋老松町も更けにけり   草城
色町や真昼ひそかに猫の恋   荷風
恋猫や蕎麦屋に酒と木遣節   春樹

10江戸川柳
猫好きも男の方は金がいり
   この猫とは芸者のこと。芸者といえば三味線、三味線といえば胴張りの猫皮だからです。
竹を書くからは猫ではないと見へ
引越の跡から娘猫を抱き
腹立を猫は背中に立てるなり
猫舌と長雪隠は旅のきず

2017年11月17日金曜日

静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画」8


08懐月堂安度筆「美人愛猫図」(『國華』拙稿下書き)

改めて「美人愛猫図」を見てみよう。濡れ縁に出た遊女が一人、右手で振袖の褄を取り、左手に白い手拭いを摘まみながら、庭を眺めている。振袖は紅地の疋田絞り、肩裾は避けて一部を素絹のままとし、全体に藍と緑の大きな花菱文を散してある。前結びの帯と振袖の裏地は白群、複雑な帯と単純な裏地の対比が目につく。

美人のフォルムは、先に挙げたような代表作と通い合うけれども、溢れるようなエネルギーは洗練を加えられて、静謐にして優美なる美人へと大きく変化している。美人も年を経て、少し臈たけた印象を与えるようである。

環境描写に目を移すと、美人が立つ濡れ縁と背後の柱や屋根、さらにその奥に植えられた柳や手前の叢までが、しっかりと描き込まれている。それだけではない。美人の足元には、その手拭いに飛びつかんとする猫がとらえられている。しかも細かい毛描きまで加えられているのだ。

言うもでもなく、『源氏物語』は「若菜」上、女三の宮の見立てである。ある春の夕方、光源氏六条院邸の前庭で夕霧らと蹴鞠に興じていた柏木は、偶然邸内から飛び出した猫の紐によって捲れ上がった御簾の向こうに、光源氏の妻女三の宮の姿を垣間見てしまう。高貴で愛らしい女三の宮に、柏木は恋心を募らせるが、もちろんすぐに思いを遂げることなどできない。

「何ともしがたい恋しく苦しい心の慰めに、大将(柏木)は猫を招き寄せて、抱き上げるとこの猫にはよい薫物の香が染んでいて、かわいい声で鳴くのにもなんとなく見た人に似た感じはするというのも多情多感というものであろう」(与謝野晶子訳)というのも、何となくおかしい。

それはともかく、美人が摘まむ手拭いの重なり具合を勘案して、薄い藍の文字を「柏」と読めば、単なる見立てを超えて、『源氏物語』との距離はきわめて近いものとなる。

*全文をお読みになりたい方は、来年出る予定の『國華』を……。いまや『國華』もアマゾン簡単に求められる時代になったんです!!

2017年11月16日木曜日

静嘉堂文庫美術館「あこがれの明清絵画」7


06狩野一渓『後素集』

  牡丹猫雀図 牡丹睡猫図 菜苗戯猫図 猫竹図 薄荷酔猫図 芍薬戯猫図

  萱草戯猫図 石榴戯猫図 山石戯猫図 酔猫図 竹石戯猫図 芙蓉睡猫図

07祇園南海「猫を悼む」(『江戸詩人選集』3)

べっこう色の毛はソフト 生まれついてのおりこうさん

  ネズ公出没しなくなり 夜も太平ぐっすりと……

  もらって来てから一年も たたずに何で死んじゃった

  あるいは僕の飼い方に 欠けていたのか愛情が

  膝に抱かれてご主人に 甘えていたのを思い出す

  縁側あたりで子供らを 呼んでいた声まだ聞こゆ

  漢方烏薬[うやく]を飲ませたが 薬効なきを恨むのみ

  牡丹の下に埋め 蘇生 願ったけれど無駄だった

  襤褸[ぼろ]でくるんで丁重に…… 恩を謝したが何になる

  ともしびの前 老人の まなこ涙でかすんでる

細見美術館「末法/APOCALYPSE」1

細見美術館「末法/ APOCALYPSE  失われた夢石庵コレクションを求めて」( 12 月 24 日まで)  素晴らしい内容の特別展です !!  送られてきたカタログのページをパラパラと繰ると、「わぁ欲しいなぁ」と思うような作品のオンパレードです。「しかし不思議だ...