2020年3月31日火曜日

島尾新『水墨画入門』3



「参考文献抄」には、僕が監修した『水墨画』(美術年鑑社)があげられていますし、水墨画について拙文を書いたこともあります。しかし今回、まったく知らなかった事実や示唆的な見方を、たくさん島尾さんから教えてもらいました。「矢代幸雄の名著『水墨画』<岩波新書>から半世紀、水墨画へのあらたな道案内」とうたっていますが、ガイドとしてだけじゃなく、水墨画と濃厚接触したいあなたにもオススメですよ()

最後に島尾さんは「シンプル・イズ・ベスト?」として、文人画家・浦上玉堂が如意道人という奇人に贈った「奇峰連聳図」を取り上げています。これは「如意道人蒐集画帖」(出光美術館蔵)に含まれる作品で、かつてその特輯号を『國華』で編んだとき、僕も2、3点解説を担当したことを思い出します。そこに加えられた玉堂の七言絶句を、またまたマイ戯訳で紹介することにしましょう。

2020年3月30日月曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』8



もちろんお酒をたたえる詩もあります。最近ある人から「酒仙館長」なる尊称を奉られましたが、「忘憂」とはよく言ったもの、ストレスに弱い僕が、嫌いなはずはありません() この「饒舌館長」でも、お酒の話がかなりのパーセンテージを占めているのではないでしょうか。その「酒仙館長」として、徂徠の一首を紹介せずにはいられません。「五言律詩百二十四首」のうちの「秋夜友人宅にて酒に対す」を……。

  いずこも秋の寂寥感 目と目で語る致仕への情
  歌舞音曲はないけれど すいすい進む盃[さかずき]
  友はふるさと懐かしみ 深夜 月光 町に満つ
  草木枯れ落つこんな夜 雁の音聞くのは堪えがたく……

2020年3月29日日曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』7


 
語注に導かれて『漢詩大観』をみたところ、『白楽天詩後集』の巻12に「浪淘沙詞六首」が載っていました。そのうちの第四をマイ戯訳で……。原詩は「借問江湖与海水 何似君情与妾心 相恨不如潮有信 相思始覚海非深」ですから、徂徠がこれからインスピレーションを受けた可能性は、充分考えられるのではないでしょうか。

劉禹錫の9首は知ることができませんでしたが、「劉白」と併称された二人ですから、徂徠は同時に影響を受けたのかもしれません。

ちょっとお尋ねしますけど 川や湖[みずうみ]それと海
あなたの情け我が心 どっちに似てると思います?
恨んでいるわ!来ぬ便り 潮汐みたいに決まっては……
思いこがれて悟ったわ! 海より深い夫[]の情け

2020年3月28日土曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』6


「七言古詩三十一首」の劈頭「浪淘沙詞」もすごくいい!! 「浪淘沙」の語注には、

唐代の歌曲名。七言絶句の形式で男女の情愛を歌う。『楽府詩集』巻八二では「近代曲辞」として、劉禹錫(九首)や白楽天(六首)などの作を収録。

 とあります。はじめて知りましたが、江戸の漢詩人は、ちゃんとこういう唐の恋愛詩にもオマージュを捧げているんです。またまたマイ戯訳を紹介することにしますが、これは葛飾北斎『潮来絶句』の逆バージョンだなんていったら、よく言うよ!!と嗤われてしまうでしょうか()

  青い楼閣十二階 この妓楼こそ我が家よ
  大きな川の波あらく 巻き上がる砂――ながめてる
  あなたの愛に比べれば 海もかえって浅くなる
  あなたの愛に比べれば 山の高さもメじゃないわ
  寄せては返す波のごと わたしの心は落ち着かず
  麻糸みたいに乱れてる 心をだれも知らないわ


2020年3月27日金曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』5


 
更にまた河辺の樹木輝いて 繚乱として花びらは散る
 昔聞く月に生えるという桂 大内裏へと移植されたと
 縹渺と仙界の花風に散り 音一つなく流れに落ちる
 漢水の女神が絹の靴下を はいて波上を歩むに似たり
 鄭交甫女神の帯び玉いただいた 直径一寸輝く光彩
 胸痛む岸辺の鶏[とり]の鳴き声に…… 交甫なんかじゃないこの俺は
 川の月見えなくなったし岸の花 いつも咲いてるわけでもないさ
 変らずにみなぎる川の水だけが 岸辺の街をめぐり流れる

2020年3月26日木曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』4



今回は一聯の二句を、和歌のように仕立ててみました。もっとも、荒井さんがこういう駄洒落をお好みにならないことは、よく存じ上げているのですが……。

 人は言う素晴らしいのは春の川 月明かりなら何をか言わん
 花・花・花――咲いてる岸辺の林かな 桂生ゆ月波間に浮かぶ
 水面[みなも]には花と月とが揺れ動く 月影花の香清くさわやか
 疑った!初め美人の顔[かんばせ]の 髻[まげ]に挿す花映ったのかと
 また思う鏡見つめる美女嫦娥 誰かに恋する色っぽさかと
 微笑めばかすかに開く唇よ 媚態万化し水にただよう
 見るうちに江上の月昇りたり 満ちたる潮もすでに鎮もる

2020年3月25日水曜日

荒井健・田口一郎『荻生徂徠全詩』3



その田口さんの「はじめに――荻生徂徠詩案内」がまたすばらしい。中村真一郎と石川淳の対談「江戸時代の漢詩について」の引用から始められるのですから、「もうマイッタ」という感じです‼

とくに僕にとって、中村真一郎先生は『<水墨画の巨匠14>竹田』(講談社 1995)で一緒にお仕事をさせていただいた文学者です。また石川淳は、再読するたびにこれまた「もうマイッタ」とカブトを脱がざるをえない『文学大概』の著者です。というわけで、ご両者は僕が勝手に親しく感じ、また仰ぎ見る知の巨人です。

『荻生徂徠全詩』を読み進めれば、やがて「擬古楽府十四首」の「春江花月夜」に逢着、いまの季節にピッタリの楽府に倣った擬古五言詩です。いつものごとくマイ戯訳で紹介することにしましょう。

島尾新『水墨画入門』3

「参考文献抄」には、僕が監修した『水墨画』(美術年鑑社)があげられていますし、水墨画について拙文を書いたこともあります。しかし今回、まったく知らなかった事実や示唆的な見方を、たくさん島尾さんから教えてもらいました。「矢代幸雄の名著『水墨画』<岩波新書>から半世紀、...