2018年4月23日月曜日

横浜美術館「ヌード」8


しかもまずいことに、ヌードはリアリズムの絵画でした。現実の肌の色のままに塗られて体温を感じさせ、陰影が施され、人間そのもののプロポーションがまもられていました。絵空事の春画とちがって、現実の裸体にきわめて近かったのです。笑って済まされない絵画でした。さらにそれが博覧会や展覧会という公開の場所で、公衆の面前に展示されたことでした。

たしかに春画は、一般に流布していました。しかし見るときは、個人かごく限られた人数のグループで楽しむアンチームな絵画だったでしょう。少なくとも、床の間に掛けたり、大絵馬に仕立てたり、書画会で揮毫されたりはしませんでした。春画ではない普通の浮世絵は、床の間はともかく、柱絵として柱に掛けられましたし、大絵馬の主題や様式に選ばれました。浮世絵師は書画会にちゃんと参加しています。


2018年4月22日日曜日

横浜美術館「ヌード」7


キリスト教と儒教は春画に対し軌を一にする眼差しをもっていましたが、儒教国でもある我が国では絶対的なものではなく、ダブル・スタンダードであったといってよいでしょう。誤解を恐れずに割り切っていってしまえば、江戸時代の為政者にとって春画は×、庶民の方は○だったんです。

ところが近代を迎えるとともに、西洋美術のヌードが入ってきました。本来ヌードは春画とまったく異なるコードに属するものでしたが、表層的には裸体という点で結びつきやすかったのです。したがってヌードも卑猥であるという観念は、ごく自然に生まれやすいものでした。単なる裸体ではなく、春画を想起させたにちがいありません。

日本にヌードという文化アイテムがなかったために、身近にあった最もよく似た春画に結び付けられたのです。おそらくこれは、程度の差こそあれ、為政者も庶民も同じだったでしょう。

2018年4月21日土曜日

横浜美術館「ヌード」6


すでに紹介した渡辺京二さんは、名著『逝きし世の面影』の「裸体と性」の章において、そんな状況をよく伝えています。幕末の外国人観察者を驚かせたのは、春画・春本のはばかりなき横行でした。それはどこの店でも堂々と売られ、若い女性が何の嫌悪すべきこともないように買い求めていました。

とくに外国人との関係で愉快なのは、ペリー艦隊が来訪したときのことでした。面白半分に春本を水兵に与えたり、ボートに投げ込んだりするものがいたために、幕府の役人がペリーから抗議を受けたというのです。

春画が性的な絵画であり、世を乱すものであるから、これは取り締まられなければならないというのは、西欧キリスト教的価値観でした。だからこそ、それは外国人に対して恥ずかしかったのです。これまでこの事実ばかりが指摘されてきましたが、実は儒教的価値観でもあったことを見逃すべきじゃないと思います。それは『礼記』内則に出る有名な格言「男女七歳にして席を同じゅうせず」にまで、さかのぼることになります。

2018年4月20日金曜日

横浜美術館「ヌード」5


しかし改めて考えてみると、いくつかのおもしろい問題が浮上してきます。たとえば、国家のモデルを中華文明から西欧文明に乗り換え、つまり脱亜入欧によって新しい近代国家を作ろうとしていた明治政府が、西欧文明の象徴ともいうべきヌードを、なぜ忌避し禁止しようとしたのでしょうか。落ち着いて振り返ると、腑に落ちない話です。

あるいは、ヌードに先立って、江戸時代からわが国には春画というエロティック芸術が流布していたという現実です。ヌードと春画を比べてみれば、だれがどう見たって春画の方が性的であり、ヌードはそれほどエロティックじゃないでしょう。しかしこの二つの問題は、表裏一体をなしているように思います。あえて分けることなく、ごちゃ混ぜにしながら私見を開陳することにしましょう。

春画は為政者によって表向き禁じられていました。とくに天保の改革以後は厳密でしたが、庶民のあいだではほとんど公然と流通していました。当時我が国へやってきた西欧人が、ひとしなみに証言するところです。

2018年4月19日木曜日

東京国立博物館「名作誕生」日本美術鑑賞への誘い5


残念ながら今回は、小林さんも僕も大好きな文人画が死角になっていますが、感情移入は文人画に対しとくに有効だと思います。このごろ僕は、「文人画を見るとき、賛なんか読むな。絵だけを見て感情移入を行なえ!」と叫んでいるんです。かの富岡鉄斎先生にどやされそうですが……。

そもそも本を読み、講演を聴き、ネットで調べてたくさんの知識を詰め込み、作品を見ながら「アァ確かにそのとおりだ」と納得するのは、人のいっていることを再確認しているだけで、自分の眼で見たことにはならないでしょう。

こんなことをいうと、「名作誕生」展のチャブ台返しみたいに聞こえるかもしれませんが、そうではありません。たとえばこの立派な展覧会カタログに目をとおし、今日の名講演会(!?)を聴き、あるいは会場のキャプションを読んでから作品を鑑賞することは素晴らしいことです。しかしここで天上から聞こえてくるのは、やはり山根先生のお声です。

「作品を見るときはそれまで学んだことをすべて忘れ、心をまっさらにして対峙せよ」

2018年4月18日水曜日

東京国立博物館「名作誕生」日本美術鑑賞への誘い4


冬の釧路湿原鶴居村で丹頂鶴のダンスを見たことがある方なら、「白鶴図」を見ながら、そのときの思い出に浸ることもすばらしい。僕のような老人だったら、「鶴は千年」にあやかって、元気に長生きしようと心を新たにすることも感情移入です。

そんなのが美術の鑑賞法と呼べるのか――なんておっしゃらないでください。日本人は昔から、美術をそうやって楽しんできたんです。感情移入などというむずかしい言葉を使わなくたって、それが伝統的な鑑賞法でした。たとえば平安時代、貴族たちは屏風に描かれた名所絵、あるいは屏風に貼られた四季絵を見ながら和歌を詠みました。これを屏風歌というのですが、もうこれは感情移入以外の何ものでもありません。

日本の美術はすべて感情移入によって鑑賞されてきたなどといえば言いすぎですが、主要な鑑賞法であったことは間違いありません。みなさん、だまされたと思って、試してみてください。美術がもっともっと楽しくなること請け合いです。

2018年4月17日火曜日

東京国立博物館「名作誕生」日本美術鑑賞への誘い3


しかし、美術愛好家や美術ファンにこれを勧めると、皆さんちょっとむずかしいとおっしゃいます。そんなとき僕が勧めるのは、恩師山根有三先生の鑑賞法です。それは「作品を見るときはそれまで学んだことをすべて忘れ、心をまっさらにして対峙せよ」という教えです。今でも基本的に僕はこの教えにしたがっています。

ところがこの鑑賞法も、皆さん「言うに易く行なうに難し」と顔を曇らせます。どうしてもキャプションや解説、すでに知っていることに引っ張られてしまうというのです。そこで僕が持ち出すのは、感情移入という方法です。今日はこの点でも小林さんと一致したので、帰ってからの晩酌が一段とおいしいことでした() 

感情移入はフィッシャーとかリップスとかフォルケファイトとかいうドイツ系美学者が唱えた方法で、したがってアインフュールングなどというドイツ語がよく使われます。これは作品を対象として、あるいは客体として見るのではなく、みずから作品のなかに入り込んでしまうというやり方です。たとえば先の若冲筆「白鶴図」なら、自分が画中の鶴になって、この波濤のうえを飛んだらきっと気持ちがいいだろうなぁと、想像の翼を広げてみるんです。


横浜美術館「ヌード」8

しかもまずいことに、ヌードはリアリズムの絵画でした。現実の肌の色のままに塗られて体温を感じさせ、陰影が施され、人間そのもののプロポーションがまもられていました。絵空事の春画とちがって、現実の裸体にきわめて近かったのです。笑って済まされない絵画でした。さらにそれが博覧会や展...