2023年3月10日金曜日

『美術商・林忠正の軌跡』17

 

 ブリンクマンは日本の工芸を感性だけではなく、理性でも鑑賞しようとしたようです。ブリンクマンはハンブルク工芸博物館の初代館長です。この博物館を僕が最初にお訪ねしたのは――最初といってもその後は行っていないので、最初にして最後というべきかもしれませんが()――1982年夏の在欧日本絵画一人調査旅行のときでした。しかしそのときはブリンクマンのことなど知りませんでした。

ブリンクマンのことを知るようになったのは、サミュエル・ビング編<芳賀徹監修>『芸術の日本』(美術公論社 1981年)で、とても示唆的な論文「日本美術における詩歌の伝統」に逢着したときでした。


0 件のコメント:

コメントを投稿

サントリー美術館「NEGORO」16

華鬘はもともとインドで、生花を 糸や紐で連ねて首にかけた装身具から発展した仏具です。 この風習は西域にもあったと言われていますが 、やはり生花といえばインドでしょう。ところで、 平安時代の代表的作品である教王護国寺伝来「迦陵頻伽文牛皮華鬘」や中尊寺金色堂の「迦陵頻伽透彫金銅製華鬘...