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2021年12月10日金曜日

東京黎明アートルーム「浦上玉堂」2

 


 いつか玉堂についても妄想と暴走を書きたいなぁと思いつつ、その機会がなく、ただ「玉堂と酒」というエッセーが1編あるだけです。これは小林忠さんに求められて、『江戸名作画帖全集』Ⅱ<文人画2 玉堂・竹洞・米山人>のために書いたものですが、自分としてはケッコウうまくできていると思い(笑)、駄文集『文人画 往還する美』(思文閣出版)にも再録しちゃいました。その書き出しは……

酒、これなくして玉堂芸術は存在しなかった。両者はほとんど表裏一体の関係に結ばれていた。私は浦上玉堂を酒仙画家と呼びたい。玉堂と肝胆相照らす仲であった田能村竹田は、その著『山中人饒舌』のなかで、次のように述べている。

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